621・Fomalhaut
気狂い染みた高笑い。
視覚とは異なる、聴覚とも外れた識覚が、この静寂内での接敵を察す。
「エクセレント! 時間の凍結たァ燃える演出だ!」
そう喚いてくれるな。
兎角、其方の声は胎に響くのだから。
〈クフッ〉
女怪達の骨と皮と髪と肉で組まれた異形の装束。髑髏の下顎を模した面頬。
暴力が脳髄を得たかの如き、灰髪の偉丈夫。
「面白れェ! 刺激的だぜ、フォーマルハウト!!」
振りかぶられた、刃を震わす剣。
乱雑なようでいて、些細な所作に至るまでの悉くが反射と反応を鈍らせる騙し。
どこぞの桜髪剣士を思い出す、馬鹿げた練度の技術が組み込まれた、悪辣な太刀筋。
胸元に迫る切っ尖を紙一重で躱せたのは、豪腹なれど鳳慈の諫言による恩恵。
ちらと雪鎧を掠めた刀傷。まともに受けていれば、腕の一本は持って行かれた筈。
〈クフフフフッ〉
〈斬り掛かられたっちゅうんに、えらい嬉しそうやなジブン〉
些か油断が過ぎていた。
氷を斬り、雪を断ち、そして静寂をも跳ね除けるか。
〈佳イ、佳イ。佳イゾ〉
心臓が暴れ狂うほどに。
以前の逢瀬も胸躍らせるに十分だったが、あの時を遥かに上回る。
世界は斯くも凍えているのに、臓腑が熱で溶け崩れてしまいそう。
〈ナア其方。其方ノ名ヲ、妾ハ知ラヌ〉
「そう言えば名乗ってなかったか? こいつは失敬」
芝居がかった仕草にて、深々と礼される。
「藤堂月彦だ。仲良くしてね」
無論だとも。
末永く幾久しく、円満な関係を築こうではないか。
〈ツキヒコ〉
言の葉を紡ぐ舌根が甘い。
〈決メタ。決メタヨ〉
「あァ?」
よもや妾が人間相手、このような感情を抱くなど。
眼前の怪物をヒトと称せるかは、どうにも悩めるところだが。
〈其方コソ相応シイ〉
まあ構わぬよ。
別にどちらであろうとも。
〈妾ノ、夫ニナレ〉
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