620・Fomalhaut






 世に蔓延る全ての熱とは、運動。言い換えれば喧騒である。

 然らば真なる冷たさとは、静寂。森羅万象の停止をこそ指す。


〈フウゥ〉


 停まったのなら、失せたも同然。

 我が支配圏より、全てが掻き消える。


 風も、音も、光も。時間さえも。


 この現象に対する名は、特に定めていない。

 当然である。名付けるにも及ばぬ。

 妾が戦う意志を仄めかせれば、それだけで、こうなるのだから。


 時という概念に縛られた存在は、元より妾との対峙すら能わぬ道理。

 なればこそ矮小な人間共は妾を脅威と見做し、只管に弱らせ続けた。


〈ツマラヌ。実ニ実ニ、ツマラヌ〉


 小細工を弄する以外の術数さえ持たぬ塵芥。

 なんと弱く、なんと狭く、なんと醜い生物か。


 斯様な汚泥が生態系の頂点とは笑わせてくれる。

 きっと奴等の世界は、どこかで進むべき筋道を間違えたのだろう。


〈ヤハリ遍ク洗イ流サネバナルマイ。饗宴ノ鐘、滅ビヲ告ゲル喇叭コソ福音〉

〈えらい物騒な独り言やなジブン〉


 無音の領域に、鳳慈の呟きが波を打つ。


〈しっかし、これ、どないなっとんねん。超過種ちゅうんは、どいつもこいつも化け物じみてて怖いわー〉

〈……ソノ妾達ヲ悉ク弑逆シ果セタ者ノ台詞デハナイナ〉


 完全なる静止を意にも介さぬ埒外。

 延いては主上に傷を与えた、唯一の生命体。


 彼奴がであったなら、確約された破滅に抗う道も選べたろうに。


〈ウチが斃したんはジブン入れて三体だけやで。あとは萵苣と万斉の仕事や〉

〈大シテ変ワラヌ〉


 主上に傅く九つの極星を除けば、妾こそが最強。

 この身を降したとあらば、妾以外を屠ったも同じこと。


〈……ところで。ウチ今ジブンの下僕サマやから、親切心で言うたるけども〉


 なんだ回りくどい。疾く申せ。


〈ちょお右にズレんと、危ないで〉

〈?〉


 何を──






「ハハハハハハハハッ!!」





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