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「ふあァ……あー、良く寝た」
階層と階層を繋ぐ階段部。
半安全地帯たる此の場で『錬血』を用い、血の補充と微睡を終え、ひとつ欠伸。
「御苦労さん」
水分に代わり樹鉄刀の内在エネルギーを使った影響か少し乾涸びてたため、魔石を与えておく。
色褪せた籠手は瞬く間、瑞々しさを取り戻した。
「さァて」
八十五、八十六、八十七。
概ね十時間前、この那須殺生石異界のダンジョンゲートを渡り、薄氷を踏み潰すように下へ下へと潜り続け、はや八十八階層。
人類の最深到達地点まで、とうとうリーチと相成ってしまった。
「ったく。一体どこに居るのやら」
ぼやきつつ、階段と階層との境目を抜ける。
直後。
「ッ」
ほんの一瞬。自分が深海の底に立っているのかと錯覚した。
そんなレベルの、先程までとは全く異なる空気に、背中がヒリつく。
「……ハハッハァ」
この異様な気配の出所など、改めて論ずるに及ばず。
やっと見付けた。手間取らせやがって。
「豪血──『深度・弐』──」
動脈に赤光を這わせ、跳ぶ。
五感が叫ぶまま身を委ね、全神経が警鐘を訴える一点へと向かう。
「お」
短い道中。巨大なクリーチャーの首が五つ、宙に舞う光景を見た。
断面図を思わせる美しい切り口。
自身の絶命にも気付かず、頭だけの姿で吼え立てる、滑稽な怪物達。
誰が。それもまた論ずるに及ばず。
何故なら、こんな神業めいた真似が出来る者など。
「よォ!」
石畳を地盤ごと割り砕いての着地と併せ、声を投げる。
「……?」
振り返ったのは、肩を晒す形で着物を纏う、ひどく小柄な影。
転じ、不釣り合いに長い、そこそこの達人でも素振りすら覚束ないだろう極薄刃の長刀を握った姿。
「くくくっ」
一瞥の限りに於いては、単なる少女。
然れど侮ることなかれ。輪郭から滲み出す圧力は、質量を伴うかの如く重々しい。
まさしくヒトの生皮を被った魔物。
今や希少と呼べる、俺を殺せるだけのチカラの持ち主。
万感を篭め、大仰に礼す。
「ああ。オヒサシブリだな──ハガネ」
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