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 東京都内――より正しく述べるなら東京都区部内には、四ヶ所のダンジョンが在る。


 世界的に見ても五指に連なる保有数を誇る日本。

 その国内に於いても、特にゲートが集中している関東一円を象徴するかの如き密度。


 今回、つむぎちゃんの訓練に俺達が利用するのは、品川区の『品川大聖堂』。

 全四十階層、攻略難度五。幽体への干渉が可能な数少ない物質のひとつである聖銀をドロップするクリーチャーが複数種、三十番台階層に現れることで有名。


 聖銀は貴金属としての価値も高く、同階層帯の他ドロップ品と比べても指折りな額で取引されるため、品川大聖堂には立地も手伝い、日々多くの探索者シーカーが集まる。

 ダンジョンアタックの目的を考えると、人目を避けるのに打ってつけな渋谷宝物館の方が良かったのだが、あそこは完全予約制なので仕方ない。


 ――尚、墨田区の『スカイツリー』と新宿の『魔界都庁』は最初から除外。

 何せ双方共に攻略難度七と八。踏み入るのは浅い階層だけとは言え、流石に許可が下りなかった。






 探索者支援協会品川支部は、分かってはいたが混雑していた。


 しかも土地の確保が難しかったのか微妙に狭く、ゴチャついてる。

 こうやって他の支部に出向く度、甲府支部が如何に過ごし易いか再認識するわ。

 広いし、あんまり混まないし、温泉まであるし。そりゃ穴場にもなる、俺だって人に教えたくねーもん。


「逸れないようにな」

「は、はい……」


 人の多さ、或いは探索者シーカー達が身を包む物々しい装備に圧倒されてか、不安げな様子で俺の裾を掴むつむぎちゃん。

 否。実際、不安なのだろう。こんな大衆の中で『アラクネ』を晒してしまわないか。


 出来れば薬が切れる前に申請と着替えを済ませ、ダンジョンに入りたい。

 つむぎちゃんをリゼに預け、窓口の順番待ちに並ぶ。


「先に着替えとけ。お前の装備は時間がかかる」

「りょ」






 二十分ほどかけて諸々の手続きを済ませ、俺も更衣室で着替えを行う。


 尖った指先や鋭利なパーツなどの禍々しいフォルムに反し、良く馴染む籠手と具足。

 ボロ布に見えて、機関銃の掃射を受けようと穴ひとつ空かない衣服。

 今度は防具としても十分に期待出来る強度の、喉まで覆うハーフマスク。

 樹鉄刀は後ろ腰のホルスターに収めてある。


 とうとう届いた新装備。

 軍艦島で得たドロップ品を基に作らせた、俺の『鉄血』では防げない呪毒に対し特に高い効果を発揮する一式。

 価格は持ち込みだった材料費を差し引いて千五百万円ちょっと。リゼ曰く、ようやく装備の質が持ち主に追い付いたとかなんとか。


「待たせたな」

「出たわね悪の四天王ツキヒコ」


 誰が悪の四天王ツキヒコじゃい。御免被るわ、そんな咬ませ犬的ポジション。


 待ち合わせに指定したロビーに戻ると、相変わらずのギチギチパツパツなリゼと、少し大きめな黒いワンピースを着たつむぎちゃん。

 俺の衣服と同じ素材で作らせた簡易防具。一桁台階層のクリーチャー程度の攻撃なら、ビクともしない。

 加工費は百万ほどかかった。スキル抑制剤含め、費用は病院が自発的に払った。


「最初に見た時も思ったけど、アンタの凶悪さに拍車をかけてる上に脱ぎにくそうなマスクよね。水飲むのも一苦労じゃない」

「と、思うだろ?」


 したり顔で首元のパーツを撫ぜる。

 髑髏の顎を模したマスクが中央で割れ、左右にスライドした。


「どうよ」

「……それ、幾らで買えるの?」


 忘れたが、結構高くついた気がする。

 強度とギミックの両立って割と難しいらしい。





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