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暫く間を置いてから、つむぎちゃんは病室の外に姿を現した。
髪と瞳の色以外、人としての容姿も元通りとなった彼女が纏うのは、見覚えある装い。
手術前、俺が見舞い品に贈った服だった。
「……あ、の……」
「?」
と。何やら、もの問いたげな眼差しで此方を見上げるつむぎちゃん。
しかし一向に口を開く気配が窺えず、首を傾げていると、場の誰にも気付かれない角度からリゼに脛を蹴られた。
「この唐変木」
重ねて、小声での罵倒。
そりゃどういう――ああ、いや、成程、そうか。
ナイスフォロー。危うく女の子に恥かかすとこだ。
「似合って良かった。髪と目、今の方が映えるぜ」
さぞ疎んでいよう己のスキルに対し、少しでも前向きな感情が持てればと、そんな思量も篭めて告げる。
実際、あまり日を浴びていない透き通った肌に、同じく透明感のある白と青の組み合わせは、日本人離れした趣がある。
加えて、さっきの成長した姿。将来は確約されたも同然。五年経てば道行く男達が放っておかないだろう。
否。既に十分可憐。復学の際はクラスメイトの視線を総取り間違い無し。
――そんな具合に褒めそやしたところ、つむぎちゃんは顔を耳まで真っ赤にして、背を向けてしまった。
些か持ち上げ過ぎたか。嘘はひとつも言ってないんだが。
「語彙が陳腐。六十点てとこね」
リゼさん、ちょい評価が辛口じゃありませんかね。
なんやかんやで出発。病院前に呼んでおいたタクシーで目的地まで向かう。
三十分もあれば着くと思ったが、道が死ぬほど混んでて進みやしねぇ。
これが東京区部の交通事情。正直ナメてた。
「電車使えば良かったか」
「長期入院で人混みに慣れてない子を満員電車に突っ込もうっての?」
助手席でスマホを弄りながら、リゼが一理ある発言。
病院での検査結果によると、体力や身体能力は『アラクネ』の副次効果で異常に跳ね上がってるそうだが、それでもほんの数ヶ月前まで病室の外を出歩くことさえ儘ならなかった事実は変わらない。
ただでさえ今からダンジョンに入るのだ。余計な疲労心労は可能な限り廃すべきだろう。
「こうトロいと、そんだけでダルくなるぜ……なあ、つむぎちゃ――」
俺と並んで後部座席に座るつむぎちゃんに視線を向けると、彼女は開け放った窓枠に手を置き、食い入るように外の景色を眺めていた。
長らく閉ざされた箱の中で、何ひとつ思い通りにならなかったであろう人生。
漸く開き始めた重く分厚い蓋。見えるもの聞こえるもの触れるもの感じるもの全て、新鮮で神聖に違いない。
「……ま。あと三時間は薬も保つし、たまにはいいか。トロいのも」
「ねえ月彦。まだ半分も来てないのに、メーターが一万円を超えたわ」
しんみりしてたところに金の話をするんじゃねぇ。
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