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「例の物、持ってきた」
俺と距離を置いたまま近付こうとしないつむぎちゃんに、圧縮鞄から取り出した試験管型の小瓶を差し出す。
海外のとあるダンジョンの深層に現れる、スキルを封印する魔法を使うクリーチャー。
そのドロップ品で精製された、一時的にスキルの効果を抑える薬。
尚、一本二百万円。効き目は約四時間。
また、短期間での複数回使用は禁物。適量と用法さえ守れば問題無いが、一応劇薬だ。健康に差し障る。
「っ……」
暗闇で燐光を放つ青い瞳を揺らし、硬質な足音を立てて恐る恐る此方に歩み寄り、震え混じりの手で受け取るつむぎちゃん。
蓋を開け、毒々しい色味の薬液を躊躇わず呷った。
飲み干した直後、苦しげに胸を押さえ、蹲る。
ややあって――蜘蛛の身体が、波打つように形を変え始めた。
「けほ、けほっ……あ……脚、が……私の、脚……っ!」
シーツの端から覗く、紛れも無い人間の両脚。
つむぎちゃんは、それを繰り返し撫でて感触を確かめ……やがて嗚咽と共に、ぽろぽろと涙を流す。
「……着替えたら出て来てくれ。急がなくていい」
踵を返し、病室を去る。
半自動ドアが開く際の音に紛れさせるように、小さく溜息を吐いた。
「全く、気ぃ遣うぜ……」
探索者支援協会に登録出来る年齢制限が十八歳以上となっているのには理由がある。
しかし最たる線引きの基準は、二次性徴期前後の心身が未成熟な期間にスキルを習得すると、様々な意味合いでの危険が伴うからだ。
リゼの『呪胎告知』もそうだけれど、スキルの中には制御を誤れば甚大な被害を及ぼすものも多々ある。
そんな代物が己を確立していない時期の魂に混入すれば、影響を受けるのは自明の理。
実際、ダンジョン黎明期に於いては低年齢層のスロット持ちが攻撃性の高いスキルを習得した結果、何らかの異常を来たしてしまった例も少なからず確認されている。
つむぎちゃんの場合、長かった闘病生活が精神を早熟させたことに加え、恐らく『アラクネ』の異形化が齎した急激な成長、肉体の最適化により暴走の兆候こそ今のところ見られないものの、
取り分けスキルが発現した当初――甘木くんの連絡を受けて病院に駆け付けた時は錯乱のあまり、ほぼ完全に蜘蛛の姿だった。
最初に告げた通り、上半身が人間を象れるようになっただけでも随分な進歩だ。
――とは言え病室に閉じ篭っての独力では、そのあたりが限界。
何よりスキルの制御訓練は、ダンジョン内の特殊な環境で行った方が要領を掴み易いと聞くし、やれることも多い。
故、探索者支援協会への正式な仲介依頼として受理された後、責任完遂のケツ拭きも兼ねて俺がエスコートを請け負った次第。
事情が事情なれど、協会登録を行っていない未成年をダンジョン入りさせるとあって、手続きにえらく時間がかかった。
ちなみに依頼料は五百円。うち十五パーセントは協会の手数料に持って行かれるから、差し引き四百二十五円。
「帰りに牛丼が食えるよ。やったねリゼちゃん」
「今は牛丼よりカオマンガイの気分」
ややこしいもんを食いたがるんじゃねぇ。
どこ行けばいいんだ。エスニックの美味い店とか知らんぞ俺。
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