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 頭を冷やすついでに休憩を取る流れとなり、適当な建物を見繕って中に入る。


 このダンジョンを管轄とする探索者支援協会八幡支部で売っていたセンサージャマーを作動させ、対クリーチャー警報機を飛ばす。

 そうした一応の警戒網を整えた後、埃っぽい床へと直に腰掛けた。


「取り敢えずアンタの言いたいことは、よく分かったわ」


 俺の肩に頭を乗せたリゼの呟きが、耳朶を撫でる。


「ねぇ月彦。私達が深層を目指す上で足りてないものがひとつあるの。なんだと思う?」

「……実力か?」


 違う、とかぶりを振って返された。


「水準には達してる筈よ」


 曰く、一線級に位置する探索者シーカーの中でも、難度五や難度六のダンジョンボスをソロ討伐出来る者は、精々半数に届くかどうかだと。

 そういう意味合いでは、俺もリゼも既に壁を越えていると言って差し支えないらしい。


「なら何が足りねぇ? 何を以て不足だと?」

「単純な頭数」


 ……ああ。やっぱり、そうなるのか。


 ダンジョン深層部――即ち五十番台階層以降は、正しく人外の領域。

 混沌の坩堝にて立ち塞がるクリーチャー達は、悉くが人間を根本より凌駕した怪物。


 故に抗うには、打ち倒すには、此方も死力を尽くさなければならない。

 しかし。


「アンタの『双血』がそうであるように、私の『呪胎告知』がそうであるように、強力なスキルほど重い代償と過大な消耗が伴うわ」


 難度十のダンジョンへと踏み入っているDランカーにすら、何十時間も全開で戦える者など居ない。

 だからこそ皆、上に行くほど徒党を組む。


「二人だけじゃ継戦能力が低過ぎるの」

「だろうな」


 確かに今の俺達では、八尺様やアサルト・シティを討つことは出来ても、奴等と連戦は難しい。

 それは恐らく、致命的なのだろう。


「何人居れば足りる」

「……五に……三……せめて、あと一人。最低でもソロで難度五か六のダンジョンを攻略可能なレベル」


 そいつぁいい。そこら辺に都合良く転がってねぇかな。

 なんて、転がってるワケねぇだろっつう話よ。


「参ったな。パーティの勧誘、全部断っちまったもんな」


 尤も、誘いをくれた連中と組む気は、どうしても湧かなかったのだが。


「……その辺、少し不思議だったのよね。なんで?」


 他人事のように。お前が嫌がったのもデカい理由のひとつだよ。

 今だってポーカーフェイスを装ってるが、明らかに面子を増やすことに乗り気でない。


 第一。


「ただガン首揃えたって意味ねーだろ。ベビーシッターは御免被る」


 とは言え、一線級のベテラン方からのオファーだってあった。

 彼等の話を受けていれば、こんな風に悩まずとも済んだに違いない。


 けれど。


「唆るものを感じなかった」


 最たる動機は、そこに尽きる。


 こいつと組むべきだと、そう本能が訴えかける感覚。

 一も二もなく飛び付くべきだと、激しく背中を押す情動。


「今んとこ、お前だけだ。コイツの誘いを蹴ったら一生後悔する、なんて感じたのは」

「…………そ」


 右腕の籠手を外し、リゼの髪を梳る。

 十日もダンジョンに篭りっぱなしだと言うのに一切の清潔を損なわず、たっぷりと艶を含んだ絹糸のような黒髪。


 それが妙に可笑しくて、思わず笑いが込み上げた。





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