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四十一階層の端を往く。
荒廃した未来都市の果て。その先には何も無い。
揺らぎもせず、闇だけが広がっている。
どのダンジョンの、どの階層も、こんな風に外側の景色だけは等しく同じだ。
光さえ呑む無明。あらゆる手段での観測を跳ね除ける、正体不明の暗黒。
ふと稚気が湧き、おもむろに手を伸ばし――横合いからリゼに掴まれた。
「やめなさいよ。もし落ちたら、どうする気?」
どうする気、か。
引き込まれれば、この宇宙から弾き出されるとか、永遠に深淵を落ち続けるとか、諸説あるが……まあ恐らく、どうにもならんだろ。
聞けば空を翔けるスキル習得者ですら、飛び込んだきり生還は出来なかったらしいし。
悪かったとリゼに告げ、手を引っ込める。
危険は百も承知だが、時折、好奇心の方が先立っちまうんだよなぁ。
ダンジョン内部とは継ぎ接いだ空間の集合体だと昔どこかの量子物理学者が提唱して以来、それが通説として広く浸透している。
実際問題、階層などと呼ばれてるものの、各々が物理的に上下で繋がってるワケではない。
何せ階段の出入り口からして、空間へと穿たれた穴に過ぎない。階層ひとつ隔てただけで腕輪型端末の通信も救難信号も届かなくなる理由だ。
つまり。
「もしも出入り口が閉じちまえば、俺達はダンジョンという小世界に孤立するワケだな」
「ゾッとすること言わないでくれる?」
荒廃した市街地の只中に浮かぶ、虚空へと貼り付けられた、或いは埋め込まれた、延々と石段の続く道。
改めて考えると、どの角度に回っても正面に階段が伸びている光景とは、実に奇怪。
「神隠しならぬダンジョン隠し。満更、有り得ねぇ話でもないだろ。似た懸念を持ち出す輩だって少なくねぇ」
そもそもが四十年前、唐突に現れた存在。
ならば消える時も、同じく唐突やも知れない。
「……ま、そん時はそん時だ。願わくば、俺がアタック中であることを祈るばかりだぜ」
「それ、必然的に私も巻き込まれるんだけど」
おっと。そうか、そうなるのか。
嫁入り前の女を片道切符に付き合わせるのは、流石に気が咎めるな。
となると、どうしよう。
「…………アホらしくなってきた」
いつ起きるのか、現実に起きるのかも分からん出来事を真剣に逡巡するとか暇過ぎる。
先の心配なんて殊勝な真似は、識者のセンセーにでも任せとけば良し。
俺にとって大事なのは、いつだって今だよ今。
「四十階層のフロアボスって、どんな奴だっけか」
「サイボーグのケルベロスみたいな半マシナリー系」
おお、そうそう。そうだった。
硬く鋭く俊敏で凶暴な、半機械の獣。
案外と梃子摺った。
「いいね。ダンジョンの最高なところのひとつは、帰り道でもフロアボスと戦えるところさ」
往路と復路とで、己の成長を如実に実感出来る。
「マシナリー系のモーションは粗方食わせて貰った。その上で、どこまで俺を楽しませ――」
機嫌良く口を突いていた台詞は、しかし最後まで続かなかった。
こことは異なる空間へと繋がる、長い上り階段の先より響き渡った断末魔に、掻き消された。
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