185
「リゼ」
「なに」
四十二階層。
あと数時間はかかるが、ぼちぼちフューチャーエリアも終わりが見えて来た。
「ここ出たらよぉ、次どうする?」
三十番台階層に抜ければ、出現クリーチャーの数も質も数段落ちる。
そいつは即ち、楽しい時間もフィナーレに差し掛かりつつあるということ。
「今日で十日。四日後の今時分にはゲートの外で京料理に舌鼓だ」
「お風呂にも入りたいわ」
同感だな。身体も装備もリゼが触れれば『消穢』で汚れこそ落ちるものの、ゆっくり湯に浸かる法悦は代え難い。
重ねて、折角の京都。疲労抜きと補給も兼ね、何日か観光に使うのも悪くなかろう。
そして。それを差し引いても尚、春休みは一ヶ月以上残ってる。
「もうひとつか、ふたつくらいなら……攻略まで持って行けるよなァ?」
「多分ね」
日本全国、延べ十七ヶ所の難度六ダンジョン。
その中でもダンジョンボスがリポップ済み、或いはリポップ間近な場所のピックアップは済ませてある。
選りすぐりを抜き取り、挑み、屠り、制す。
想像しただけで、口角が吊り上がる。
ああ、ああ。さぞ楽しかろう――
「――物足りないの?」
そんなリゼの問い掛けが、静かな高揚を断ち切った。
…………。
参ったね、どうも。
「分かっちまうか」
バツ悪く額を掻きながら問い返すと、鷹揚に頷かれる。
「楽しかったのは嘘じゃねぇ」
「それも分かってる」
ホント話が早くて助かるぜ。
「だが俺を見ろ。ロクに傷も負ってねぇ」
時に幾らか梃子摺りはすれど、全て想定の範疇。対処も対応も対策も、予め手の届く位置に置かれている。
頭の中で描いた光景を超えることは、決して無い。
このダンジョン――否。難度六という括りは、最早俺にとってそういうものに成り果ててしまったのだ。
「俺が真に欲するのは闘争の悦楽、その先に待つ死線だ。命の削り合いをしたいんだ」
八尺様との戦いを思い出す。
敗色濃厚な、死と隣合わせの渦中。読みと直感で以て綱渡りの如く攻め手を捌き、全神経を動員させて動きの精髄を奪い盗り、命懸けで勝ち筋を探る。
実際の時間にしてみれば僅か数分の応酬。
けれども、あの刹那の内にこそ、俺が
「ぅるる……ああああ駄目だ、もう駄目だ、思い出したら堪えられねぇ!」
行き場の無い衝動が、尖った指先で喉を掻き毟る。
籠手と同じ素材で覆われていなかったら、今頃血だらけだろう。
ギミックが作動し、左右に割れるマスク。
喉奥より零れ出る、引き攣ったような呼吸音。
「なぁリゼ! いいだろ、なぁ!? 行こうぜ、難度七によぉ!」
怪我をさせず、痛みも与えない程度の配慮を辛うじて残した力加減で、細い肩を掴む。
だが――至近距離で、真っ直ぐ俺を捉える双眸。
その凪いだ赤い瞳を見返すうち、骨が軋むほどの欲求で渦巻いてた胸中は、少しずつ平静を取り戻して行った。
「落ち着いた?」
「…………ああ。悪い」
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