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「何やってんのお前!? 何やっちゃってんのお前!?」


 仕留めるどころか痛痒を与えるにすら至らなかった一部始終より数秒。

 俺は再度、八尺様と打ち合いを繰り広げながら、立っているのも厳しい様子のリゼに怒鳴り付けた。


「人には失敗しくるなとか偉そうに抜かしといて、舌の根も乾かんうちにコレとか! マジ使えねぇ女だな!」

「ッ…………うる……さい……」


 対し、掠れ声で返しつつ、十メートル近い八尺様の間合いを少しだけ外れた位置で大鎌を構え直すリゼ。


「撃つわよ、撃てるわよ、もう一発くらい……アンタは黙って、そのまま……食い止めてなさいっ!!」


 おお怖。あの細身で五分そこらの間に軽く二キロは削っておいて、よく吼える。

 大体『呪胎告知』だけじゃない。確か『消穢』の方も、僅かずつだが常に血糖を食うパッシブ系スキルだった筈。

 強がっちゃいるけれど、ハンガーノック寸前だろうに。


「……チッ、しゃーねーか。そういうワケだ、あとちょっとだけ付き合って貰うぜ」


 まあ、さっき抱えた時の重さから概算するにギリ大丈夫だとは見積もってる。

 何よりリゼが最初に得たスキルこそ『呪胎告知』だ。長く使ってる分、限界の見極めは俺より遥かに正確。

 本人が撃てると判断したなら、俺は俺の役目を完遂すべく努めるのみ。


「ハハッハァ!!」


 とは言え、確実に勢いは落ちてる。特に指先の感覚が全く無い。

 ついでに今の空振りで精神的に持ち直したのか、八尺様の律動に攻撃性が強く混ざり始めた。


 呪詛の塊を鞭モドキ以外の形や性質で用いた、初見のパターン。

 えらく対応の難易度が跳ねやがった。この間合いを維持するのは危険か。


 出来れば離れてワンクッション挟みたい。

 が、そうすると既に次の溜めに入ったリゼが無防備になる。


 必然、採れる選択肢は、本来の在り方を取り戻しつつある格上の怪物相手に挙動の遅れがちな身体で一歩も引かず、一瞬たりとも後方に注意を向けさせないという一択のみ。


 論ずるに及ばず難事だ。だからこそアガる。喰らい付いた牙を是が非でも離すものかと全神経が叫ぶ。


 唯一の問題は水銀刀。間髪容れず呑み込み続け、吐き出せずにいる運動エネルギーの過剰な蓄積に耐えかね、表面どころか刀身そのものが激しく歪み、手の中でガタガタ暴れている。

 コトリバコの時と同じ……否、それ以上の震え。

 正直、いつイカれてもおかしくない。


「堪えろよ不壊の剣サマよォッ!! ここで折れやがったら製作者を詐欺で訴えてやっからなァッ!!」


 …………。

 詰みまで、あと三手ってとこか。






 ――残り三秒。単発でコンクリートを拳大に抉る針が無数に撒き散らされる。

 背中の延長線上に居るリゼを害させまいと残らず叩き落とすも、受け損ねた一発がマスクを掠め、砕けた。


 ――残り二秒。俺の胴より太い杭が三本、三方向より迫る。

 二本はブチ壊したが、最後の一本は手の痺れで握力が足りず、受け止める以外に無かった。


 ――残り一秒。受け止めた杭が、ひどく出鱈目な、恐らく獣の形に姿を変え、俺の左腕に噛み付く。

 深々と食い込む牙……を象った呪詛が齎す、姦姦蛇螺の時を遥かに凌ぐ激痛。

 だが、こんなもので俺が動きを鈍らせると思っているなら見当違い。アスファルトが陥没するほどの力で腕ごと足元に叩き付け、霧散させてやった。反動で腕も折れた。


 ――そして。


「月……彦……っ!」


 消え入りそうなリゼの声が、俺の名を呼ぶ。

 耳鳴りは酷いし、意識も半分くらい曖昧なのに、やたらハッキリ聞こえた。


 刹那。既に次の攻撃を仕掛け始めていた八尺様に、防御も考えず、渾身の突きを放つ。


 右掌に伝う重い手応え。左肩を貫く鋭利な呪詛。

 とうとう限界を迎えた刀身が、銀色の水玉となって粉々に弾け飛ぶ。


「……上出来だ。訴訟は勘弁してやらぁ」


 寸分違わず鳩尾を突かれ、たたらを踏む八尺様。

 平衡感覚の失せた足に鞭入れ、から外れるべく、斜め後方に跳ぶ。


「――――ああぁぁぁぁああぁぁっっ!!」


 この五十階層で二度目となる獣じみた咆哮が響いたのは、まさしく、その直後だった。





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