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 正真正銘、余力の全てを注ぎ込んだ渾身の『処徐壊帯』。

 狂った笑い声に酷似した風切り音を伴い、今度こそあやまたず標的を捉えた、飛ぶ斬撃。


〈ぽぽぽ……ッ!〉


 直前に体勢を崩してやったため、回避行動を取れない八尺様が選んだ対処の道は迎撃。

 纏う呪詛の大半を収斂させ、失くす前より倍ほども巨きな左腕を造り上げ、階層丸ごと斬り伏せる刃を、掴んだ。


〈コ、ノ……コンナ、モノォッ!!〉


 呪詛と呪詛が衝突したことで撒き散らされる不快なハウリング。

 踏ん張りに足場の方が耐えられず、アスファルトを削りながら押し込まれる八尺様。


 ……少しずつ、しかし着実に『処徐壊帯』は勢いを殺がれていた。

 だが同時に、向こうの呪腕も表面が弾け、指先から段々と割れ落ち、形を保てなくなっている。


〈ワタシ、ガ……ニンゲンノ、ノロイ、ナンカニッ!〉


 ことの顛末を見据えつつ『豪血』を解く。

 馬鹿みたいな倦怠感と眩暈に膝をつきそうになるも、堪えた。


 霧散し始める斬撃、崩れる呪腕。

 時間にすれば、十秒そこそこの拮抗。


 打ち勝ったのは――八尺様。


〈ハァッ……ハァッ……〉


 ガラスほどに脆くなった斬撃を砕いた後、熟れ過ぎた果実のように落ちる呪腕。

 息こそ荒いものの、目立った損傷は無い。


〈……………………ぽ〉


 一変して静寂の訪れた五十階層。

 やがて、八尺様の特徴的な笑い声が、朗々と響き渡る。


〈ぽぽ〉

〈ぽぽぽぽぽぽぽ〉

〈ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽっ〉


 俺は手負いで『双血』も時間切れ。リゼに至っては殆ど行動不能。

 最早、誰が見ようと勝敗は決したも同然の状況。

 言うなれば、僅かばかり早い勝利の凱歌。


〈ぽぽぽぽぽ……ガンバッタケド……オワリ、ネェ?〉


 …………。

 ああ、そうだな。終わり、詰みだ。



〈ぽ……――ッ!?〉


 唐突に、狂った笑い声に似た風切り音が、再び霧の中を劈く。

 弾かれたように振り返った八尺様が見たものは、目前に迫る赤とも黒ともつかない太刀筋。


 ――リゼが最初に放った『処徐壊帯』。


「大仕事だったぜ。てめぇに後ろを注意させねーよう立ち回るのは」


 初撃は外れたのではない。外したのだ。

 何せ、あのまま当ててたところで、今と同様に呪詛の鎧を剥がす結果に終わっただけ。

 そうなれば、二撃目を用意している間に逃げを打たれる可能性が極めて高かった。


 故、リゼには『幽体化アストラル』で意思を取り憑かせた初撃をわざと外させ、霧と薄闇に覆われた階層の奥に滞留させた。

 首尾良く防御を破ってからの決め手。逃げる暇など与えない二の矢による速攻。


「冥土の土産に、ひとつ教えといてやるよ」


 聞くような余裕があるかどうかは知らんが。


「リゼが大事な時にポカやらかすワケねーだろ」


 斬撃が八尺様を直撃する。

 次いで幾百もの細かな刃に分かれ、全方位より女怪の巨躯を斬り刻んだ。





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