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 四十七階層に入ると、クリーチャーの気配が極端に薄くなった。


 天蓋の如き地表を仰ぐ。

 降り注ぐニケードールの数が、今までと比べて、あまりに少ない。


「豪血」


 五感の鋭敏化で以て、索敵範囲と情報密度を引き上げる。

 見える景色、聴こえる音、肌に触れる空気……全てが褪せており、弱々しい。


「そう言えば品川大聖堂にもあったな。こういう、やたら活力のねぇ階層」


 足元の小石を握ると、簡単に砕けた。

 踵を地面に打ち付ける。具足を通して骨へと伝わる感触が軽い。


「あっちこっちスッカスカ。こりゃクリーチャーの方も期待出来そうにねぇな、ただでさえニケードールは行動パターンが単調で倒し易いってのに」

「ラクに通らせてくれるなら良いじゃない」


 俺のぼやきにそう返し、気怠げな吐息と共に伸びをするリゼ。


 所作の節々に見え隠れた疲労の色。

 腕輪型端末でタイマーを確かめると、最後に仮眠を挟んでから十八時間が経っている。


「……ま、休憩所には御誂え向きか。見晴らしも良い」


 圧縮鞄から簡易ベッドやテーブルセットを引っ張り出し、適当に並べる。

 食料品と合わせて、こういうのは大体全部リゼの方に纏めてある。容量でかいし。


 尚、俺のボディバッグには各種薬品や魔石、ドロップ品なんかが入ってる。

 要は食い物と一緒にしときたくないラインナップ担当。


「ここで飯食って、ひと眠りしようぜ」

「賛成」

「アルカリ性」


 ヒルダは翻訳機を取り替えた方がいい。






「そら、出来たぞ」


 容器表面に塗布された魔石のエネルギーを熱変換し、数十秒足らずで冷凍状態から芯まで温まった弁当をテーブルに積む。

 俺、リゼ、ヒルダで、ざっと十人前は消費するのだ。


「いただきます」


 手を合わせるや否や、餓えた獅子の仔もかくやの勢いで貪り始めるリゼ。

 瞬く間に空となる器。間髪容れず次を取る。


 ……食い方自体は寧ろ綺麗なのに、何故こうも勢い良く掻っ込めるのか。

 不思議。


「スムージーとサラダも用意してある。ちゃんと、そっちも――」

「おかわり」


 早過ぎだ。やめろよ、まるで俺がまともに食わせてやってないみたいだろ。

 滞在予定四十日、有事の備えを合わせて計六十日分キッチリ用意してあるっつの。

 業務用サイズの冷凍庫三台フル稼働だわ。






「ツキヒコって意外とマメだよね」


 ビーツサラダとブルーベリースムージーを物珍しげに掲げたヒルダが、ふと呟く。


「色々なパーティを追い出されて渡り歩いてきたけど、サラダとか出して貰ったのは初めてだよ」

「必要な栄養分を理想的な形で摂取させてるだけだ」


 やもすれば月単位でダンジョンに篭る探索者シーカー向けの弁当だけあって、中々にバランスは考えられている。

 が、やはり十全とは言い難い。


「特に、どうしたってビタミンが不足する」


 サプリでも構わないけれど、味気ない。

 精神的な効果も兼ね、食事で賄った方がいい。


「鮮度が保つ間は、なるべく生野菜で摂りたい」


 曲がりなりにも栄養学部。

 俺の目が黒いうちは、食に起因した体調不良など起こさせん。


 尤も、俺のは髪と同じで灰色だが。


「ふーん……全員メニューが違うのも、栄養面を考慮してなのかな?」

「当たり前だろ」


 体格が違う、性別も違う、所有スキルも違う、消耗の度合いも違う。

 となれば当然、必要な栄養の量や比率も変わる。

 そこら辺を上手く見極め、各々の嗜好も反映させ、食わせるものを決めているワケだ。


「リゼは放っておくと食いたいものしか食わないからな……チョコとかガムとかマシュマロとか」

「お菓子星人?」


 まさしく、その通り。





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