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 現在、四十四階層。

 このエリア、今までで一番広い。踏破に時間がかかる。


「今日で青木ヶ原に入って何日目だっけか」

「七日」


 リゼの腕輪型端末が、無機質なデジタル数字を評価させる。

 同時、間合いに飛び込んだニケードールを一瞥もせず『流斬ナガレ』で斬り裂く。


「ひぃふぅ……今ので四十番台階層に入ってから、ちょうど二キロ分か。無理はするなよ」

「平気よ。ちゃんと補給や配分は計算してるわ」


 そう言って大鎌を肩に担ぎ、チョコバーを齧るリゼ。


 コイツの体重は上限およそ四十九キロ。ボディラインを崩さず積めるギリギリの数字だとか。

 そして削り方にもよるが、四十四キロを割ると深刻な栄養失調を起こし始める。


 とどのつまり、補給抜きで『呪胎告知』に費やせるリソースは最大五キロ。

 もっと嵩増しすれば弾数も稼げるだろうが、それはそれで動きが鈍るし、こんなパツパツスーツ着た女に「太れ」と言えるのは余程デリカシーに欠けた無神経野郎だけである。

 殴られるぞ。つか蹴られるぞ。実際に俺は脛を蹴られまくった。


 ――第一、スキル構成が明確に短期決戦向きな俺達の場合、一度の戦闘時間など、どんなに長引いたところで高が知れてる。

 短いスパンで多量に骨肉を削げば、それだけ身体への負荷も重くなる。度が過ぎれば命さえ蝕みかねない。

 リゼの体力と体格を鑑みるに、五キロは実に妥当な線引きだ。


「留年手前のくせ、存外賢いんだよな」

「馬鹿にしてる?」


 いんや、褒めてますとも。


「よぉ〜しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし、リゼちーは良い子ですねぇ〜」

「喧嘩売ってる?」


 いんや、からかってるだけ。


「……てか、髪撫でるなら籠手外して」

「と、悪い悪い。あちこち尖ってるもんな。痛かったか?」


 手を引っ込める。

 すると、リゼが静かに俺を見上げた。


「痛くはないけど、籠手越しに触られるのはイヤなの。外して」


 俺の姿を克明に写し取る、小揺るぎもしない凪のような赤い瞳。

 どうにも、この目で見られると調子が狂う。

 落ち着くと言うか落ち着かないと言うか、


「ふむ」


 ともあれ望み通り、右手首の金具を引く。

 内側で絡み付いていた女怪の髪が緩み、容易く外れる籠手。


 次いで再び手を差し出すと、リゼ自ら頰を寄せてきた。

 七日間ダンジョンに篭りきりにも拘らず、まるで丁寧にブローしたばかりのような艶めかしい黒髪。

 仄かに甘い香水の匂いが、ふわりと鼻腔をくすぐる。


「私その籠手、好きじゃないのよね」

「そうか? デザインはイカスし、攻防どっちにも使えるし、フィット感も抜群だぞ」


 たまに首まで女怪の髪が絡むけど、叩けば直るし。






「うーん、持ち合わせてなかったかな……」


 籠手を着け直していると、何やら荷物――コートの裏地に縫い合わせた圧縮鞄を漁るヒルダに気付いた。


 尚、どうでもいいが、圧縮鞄をリゼみたく剥き出しで脚に括り付けたりする探索者シーカーは少数派だ。下手に攻撃食らって破れたら、中身が全部溢れて目も当てられんし。

 かく言う俺も、装備の下で身に付けてる。


「探し物か?」

「うん、導火線をね。繋いで火を点けたら爆発してくれるかと思って」

「……あァ?」


 また翻訳機の誤訳か?

 若しくは、ドイツ流のジョークだろうか。

 どちらにせよ、よく分からん言い回しだな。


 首を傾げていたら、盛大な溜息。


「キミ達と居ると時折、自分が透明人間になったんじゃないかと錯覚するよ」


 錯覚も何も一種の透明人間だろ、お前。





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