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「すやぁ」
優に五人前を平らげた後、満足したのか簡易ベッドの上で丸くなったリゼ。
歯くらい磨け……って、必要無いかコイツの場合。
にしても。
「なんつう格好で寝てやがんだ」
「そう? 可愛いじゃないか」
所謂『ごめん寝』スタイル。お前は猫かよ。似たようなもんか。
まあ首や腹とか人体急所の大半を覆い隠せるし、合理的っちゃ合理的かも知れん。
すぴすぴ寝息立ててる本人が、そこまで考えてるかは兎も角。
「ドイツに連れて帰りたい。十万ユーロで如何?」
「俺の前で金の話はやめろ」
同期させたリゼの腕輪型端末を通し、向こうの体内ナノマシンによるバイタルチェック結果を俺の端末から空間投影ディスプレイへと表示。
自覚症状すら出ていない段階の病気なども分かって便利なため、最近よく使ってる。
「ちょい塩分が不足気味だな。起きたら摂らせとくか」
一般に『消穢』の習得者は排泄も発汗もしないと誤解されがちだが、実際は老廃物が生じる端から消し去られているだけで、常時スキルに血糖を食われている分、新陳代謝は寧ろ活発。
取り分けリゼは『呪胎告知』や『
「スキルとは本来、人が持たざるチカラ。故に強力なスキルほど人を外すそうだが……その一例かね」
「え。それキミが言っちゃう?」
どういう意味だ、ヒルダてめぇ。
二台の簡易ベッドに、それぞれ横となったリゼとヒルダ。
単身、見張り番で起きていた俺は、ごめん寝状態のまま微動だにしないリゼとは裏腹、目を離せばベッドから転げ落ちているヒルダを元の位置に戻す作業が四度目を数えた頃合、ここ暫くの日課に取り掛かった。
「どこだどこだ、と」
圧縮鞄を漁り、やがて指先に触れた目当てのものを取り出す。
両手に収まるサイズの小箱。中身はスポンジで包んだ瓶。
注意深く丁寧に梱包を解き、なるべく静かに蓋を開ける。
小指程度の瓶の半分にも満たない液体が、表面を波打たせた。
「――――」
後ろ腰のホルスターから樹鉄刀を引き抜く。
そうして、ゆっくり、ゆっくりと――剣の核である瘤状の根塊に、一滴だけ垂らす。
肉が焦げ付くような音を撒き散らし、染み込んで行く液体。
苦悶か、或いは喜悦か、柄から伝わる脈動。
それが緩やかに静まった後、肺の空気を残らず吐き出した。
「ふーっ」
再び瓶の蓋を閉め、念入りに封をし直し、再び圧縮鞄へと仕舞う。
こめかみを拭うと、冷や汗で濡れていた。
「さァて」
二重螺旋の柄を握り、樹鉄刀を抜剣形態に移行。
早回しで枝葉が育つかの如く、パキパキと形成される柳刃。
目立った変容は、窺えない。
「駄目か」
とは言え、落胆は無い。
元より思惑通り運ぶ確証など皆無の試み。
とどのつまり、完全なる思いつきだし。
「でも、なぁ。上手く行きそうな気がするんだよなぁ」
独りごち、頷きながら、なんとはなし樹鉄刀を振るう。
抵抗も無く、テーブルが真っ二つに断ち斬れた。
…………。
「あ」
接着剤で直そうとしているところを目覚めたリゼに見付かり、馬鹿を見る目で怒られた。
普通に『ウルドの愛人』で過去を差し替えれば良かっただけの話だと、怒られた後に気が付いた。
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