202
「ところでアンタ、宿は取らなくていいの?」
シャワーを浴び終え、仄かな芳香を纏ったリゼが畳へと寝転がりながらヒルダに尋ねる。
「宿だァ? そんなもん別に要らねぇだろ」
何せ青木ヶ原の攻略に充てられる期間は二ヶ月しか無い。
いや、俺とリゼは四月から新学期だ。それを鑑みれば、精々が一月半か。
せめて出発は早い方がいい。今夜にでも現地入りする予定だった。
表情を窺うに、ヒルダの方も概ね同意見の様子。
――しかし。
「EUだとそこら辺どうなってるのか知らないけど、日本じゃ未踏破ダンジョンはアタック申請通るまで一週間くらいかかるわよ」
「「え」」
マジかよセンセー。
リゼの口より語られた衝撃の事実。
慌てて青木ヶ原天獄を管轄とする鳴沢支部に連絡を入れると、諸々の事務処理の関係上、俺達がダンジョンゲートを潜れるのは最短でも五日後らしい。
「参ったな……」
まさか未踏破ダンジョンの場合、そうした遣り取りまで複雑になってたとは。
取り敢えず電話で申請は出したが、今週いっぱい、ぽっかり空いてしまった。
…………。
ま、いいか別に。
「準備期間とプラスに考えよーぜ」
「そうだね」
「切り替え早……」
アテが外れたからとグダグダ引き摺ってたら人生二百年あっても足りゃしない。
スピーディに捌こう、スピーディに。
「んー。となると、確かにホテルを押さえておかないと」
「なんならウチに泊まるか? 部屋も布団も余ってる」
ついでに奥の部屋と押入れと風呂場とトイレと台所に、現世ならざるモノが棲み着いてるがな。
尤も、俺は物音や痕跡を感じるだけで、実際に姿を見たことは無いんだが。
「気持ちだけ受け取るよ、リゼに悪い」
「ふあぁ……言っとくけど私のマンションには泊めないわよ。あんまり家に
何それ超初耳。
「お前、俺は普通に上げてるじゃねぇか」
「アンタの場合は連れ込んでるのよ」
……?
「何がどう違うんだ」
「何もかも、ぜーんぜん」
意味分からん。
「成程。ツキヒコ、さてはキミ女心に疎いタイプだね」
心外だ。
ヒルダの奴がホテルを取る前にシャワーだけ貸して欲しいと言うので、断る理由も無いし了承。
二人きりとなった頃合、伸びをしながら起き上がったリゼが俺の隣に座る。
「随分ヒルデガルドを気に入ったみたいね」
「あァ? おー、まあな。面白れぇし」
難度八ダンジョンの攻略と言えば、通常は三十人以上の大型パーティを組んで掛かるもの。
況してや青木ヶ原天獄は未踏破。それを僅か三人で挑むなど、今まで俺達を勧誘してきた連中には一人だって居やしなかった。
「悪くねぇ。程良くイカレてやがる」
「見た目もアンタの好みだものね」
「ハハッハァ! 良いよなぁ北欧系ボーイッシュ!」
まさか実在するとは。
ドイツ語は男女問わず一人称が同じなので、あの喋り方は恐らく翻訳機の設定ミスだろうけど。
「でも、良かったワケ? アイツにお風呂貸して」
「? なんだよ、何かマズいことでも――」
絹を裂いたような悲鳴。
程なくバスタオル一枚巻いただけの格好で、ヒルダが部屋に飛び込んで来た。
「オイオイどうした。つか髪くらい拭けよ」
「――!! ――――!?」
俺にしがみ付き、半狂乱で捲し立てられるドイツ語。
まあ普通、風呂に入るなら機械の類は外すわな。
「なんて言ってるの?」
「湯船の中に黒い化け物が居たとさ」
「あぁアレ。前、裸見られてムカついたから目玉っぽいとこに石鹸擦り込んでやったら、それきり見なくなったわね」
うーむ、ひでぇ。
向こうさんにとっちゃ、お前の方こそ化け物だろうよ。
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