201






「これが駅弁……」


 味噌カツ弁当を五人前平らげるリゼの傍ら、しげしげと弁当箱を眺めるヒルダ。

 まあ、こういうのは日本独自の文化らしいし、順当な反応か。


「大変だツキヒコ。箸が上手く扱えない」


 フォーク使え。






 新横浜から電車を乗り継ぎ、なんやかんや甲府到着。

 京都観光含めて三週間から一ヶ月は向こうでの滞在を予定してたが、随分と早い戻りになったな。


「上がれよ」


 入り組んだ裏路地の隙間に建つ、我が家の鍵を開ける。


「いい家だね」

「だろ。掘り出しモンだ」


 駅が目と鼻の先にも拘らず、建物に囲まれた立地ゆえか、いっそ不自然なくらい静か。

 日当たりこそ悪いが実に住み心地良く、真面目に買い取りを検討している。

 と言うか、頼むから貰ってくれと不動産屋に週一で拝まれてる。






「おお、畳……何かの動画で見たことはあるけど、不思議な匂いと手触りだ……」


 興味津々に畳を撫ぜるヒルダ。

 尚、リゼは風呂場でシャワー中。アイツ『消穢』あるから汗を流したりする必要無いのにな。気分の問題か。


「随分と手入れが行き届いてるね」


 二週間以上も空けた割、窓枠に埃ひとつ積もっていない。

 が、こちとら引っ越し以来、まともに掃除をした機会など皆無だ。


「大方のつもりなんだろうよ」

「……? ん、あれ……?」


 俺の呟きに首を傾げたヒルダが、次いで何かに気付いたのか、腰を上げる。


「ねえ。君、もしかしてリゼとの間に子供が?」

「あァ?」


 何言ってんだコイツ。


「そっちの部屋から赤ん坊が覗いて……」


 指差す先。ぴったり閉まっていた筈の隣室の襖に、けれど拳ひとつ分の隙間。

 手を伸ばしたヒルダが、静かにそれを開くと――誰も、何も居ない。


子供ガキなんざ居るかよ。んなもん抱えてたら何日もダンジョンに篭れるワケねーだろ」

「…………だよ、ね。そうだね、見間違いだったみたいだ」


 眼差しに些かの疑念を残しつつ、再び襖を閉めるヒルダ。

 ……蝋の効いた敷居と畳との境目に小さな赤黒い手形が残っていたことには、気付かなかったらしい。


 つか汚すなよ、オイ。


「次、開ける時までに磨いとかねぇと……分かってるよなァ?」


 そう囁くと、襖の奥で押し殺した悲鳴が聞こえた。

 ような気がした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る