678・Rize






 じゃらりと、手元で鳴り渡る。

 長柄に巻き付く、冷たい鎖の擦れる音が。


「ふぅ」


 大鎌から、大鎖鎌に。

 そんな無雑作極まる改造を施されてなお千鳥プラヴァ同様、重心は不気味なほど前と変わらない臨月呪母に、私の血肉で造った呪詛を注ぐ。


 ――ヒトツキ、フタツキ、ミツキ。


 併せて、刃ではなく刃が占める空間そのものを捻じ曲げ、虚ろを薙ぐ一刀と成す。


 言うは易いけれど、僅かな誤りが甚大な暴走を招く、まさしく針穴を穿つ作業。

 体内をストローで啜られるような感覚。込み上げる吐き気。抜けて行く力。

 その諸々に抗い、ただ神経を尖らせる。


 ――ヨツキ、イツツキ、ムツキ。


 規則的に脈打つ大鎖鎌が、震え蠢く。


 空間歪曲の制御。

 重ねて『幽体化アストラル』を発動させ、押し固めた呪詛へと意識を憑依。


 呪詛との接続が齎す精神汚染は『消穢』で防ぐ。

 ただし過度に祓えば忽ち均衡を崩すため、塩梅を見定めなければならない。


 これが存外に繊細。

 脳を酷使する所為か、やった後は無性に甘味が欲しくなる。


 ――ムツキ、ナナツキ、ハチツキ。


 深く息を吸う。


 本来『幽体化アストラル』発動中に呼吸は出来ないけど、位相を調整することで可能となった。

 その延長で、同じ幽体や属性エレメンタル、果ては呪詛や聖銀をも擦り抜ける特質を得た。


「凄く疲れるのは、変わらない、けどっ」


 連続九十八秒が最高記録の無敵時間。

 今の私を害せるのは、私の存在する位相を正確に捉え、其処へと攻撃出来るモノだけ。

 更に付け加えるなら、幽体に対して有効な手段で。


 ――コノツキ──


「トツキ」


 ひと回り膨れ上がった臨月呪母を、バトントワリングの要領で回す。

 じゃらじゃらじゃらじゃら、ちょっと鬱陶しい。


「ふうぅぅ」


 風が逆巻く速度で回しながら。肺腑を満たすまで吸い込んだ息を、ゆっくりと吐く。


「っおイ、何をすル気だ『死神』! 避難民ごと滅ボすつもりか!?」


 背後で喚き散らすメイウェイの声。

 日本嫌いのくせ日本人の心配なんて、意外と優しいのね。


「平気よ」


 何を斬って、何を斬らないかくらい、自由に選べるし。


「『次元斬』──」


 回転の勢いを乗せ、袈裟懸けに振るう。

 斬撃の形に歪ませた、呪詛で満たされた怨嗟空間を、最大出力で撃ち放つ。


「――――ああぁぁぁぁああぁぁっっ!!」


 本能的に危機を察したらしいクリーチャー達が一斉に背を向けるも、逃げ場は無い。

 何故なら『次元斬』は、九割コノツキまでの『宙絶』と原理こそ同じだけれど、攻撃力も効果範囲も桁が違う。


 が射程圏内であり、破壊対象。

 やろうと思えば、認知が及ぶ限りの悉くを斬り刻める理屈。やる意味無いけど。


 ──異界と化せし空間、跋扈するクリーチャー、火炎や土砂などの災害。

 無用と見做した悉くを、無用と見做した悉くだけを、欠片も余さず断ち伏せる。


 …………。

 やがて、元通りの森羅万象が営みを始めた一帯。

 視点を栃木県内の其処彼処に移せば、揃いも揃って呆然とする顔の数々。

 差し当たりの危機が去ったと理解するまで、もう少し掛かりそう。


「はーっ……しんど……」


 いっぺんに一キロ分の血と肉と骨を削った反動。

 過集中が途切れ、貧血に近い症状で臨月呪母を取り落とし、私自身も倒れかける。


 でも。そうなる前に、月彦が後ろから抱き止めてくれた。


「御苦労さん。ほら、食えよ」

「あー」


 手を動かすのも億劫で、気だるく口を開ければ、舌先に溶けるチョコバーの味。

 中身のフレーバーが何種類もあって、割と好きなのよね、これ。





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