677






 ちょうどビルの高層階に居たため、そのまま屋上へ出る。

 きな臭い風が心地良い。不穏な空気を感じたらワクワクする性分なのだ。


「今日は雲ばかりで陰気な空模様だね。月サイズの流星群でも降らせたら晴れるかな」

「『破界』」


 ヒルダが地球粉砕規模の要らん思い付きを実行するより先、頭上へ光波を放つ。


 大気圏の遥か先まで突き抜ける閃耀。

 差し当たり、北半球側の雲は残らず吹き飛んだ。


「ほら晴れたぞ」


 勢い余ってオゾン層どころかヴァン・アレン帯まで灼いちまったが。

 指を鳴らし、宇宙線の降り注ぐ穴を無かったものとして差し替える。


 ……出力上限、及びチャージ速度がアホほど跳ねてる影響で、少し加減を間違えたか。

 仮に足元を貫いていれば、何もかも丸ごと消え失せただろう。


 まあ今のは適当に撃ったがゆえのミス。そこら辺を雑にしがちなのは悪い癖だ。

 技名に恥じぬだけの暴威を得たこと自体は喜ばしいが、次からは気を付けよう。


 だがしかし、いつかやってみたいもんだな。

 この惑星ほしごと消えて無くなれ、的なムーブ。


「ちょっと待って月彦。アンタで、どうやって『破界』撃ったの」


 女隷の長手袋しか嵌めていない、例の如く『鉄血』発動を不精した所為で少し焦げた両腕を見遣り、怪訝そうに尋ねてくるリゼ。

 流石は我が妻。いいところに目を付ける。


「くっくっく」

「さては教える気が無いわね」


 注がれる半眼。幽体化させた手首が俺の身体を貫く。

 そのまま、かりかりと魂を引っ掻かれた。


「……? なんか、いつもと感触が……」

「ええい、くすぐったい」


 地味に効果的な嫌がらせはヤメロ。

 ちゃんと後で説明するから、まずは仕事を済ませてくれ。


「はいはい」


 ぞんざいな返事。

 実体へと戻した指先を舐め、ゆるりと踵を返すリゼ。


 そして屋上の端、異界側に面するフェンス際まで歩み、臨月呪母を喚び寄せた。


「リゼ、何する気なの?」


 ふよふよと逆さに浮くヒルダの問い。

 そう言えば俺以外、誰も見たこと無かったっけな。


 何せ繰り出したのは、今日に至るまで一度きり。

 その一度すら、あまりに被害がデカ過ぎて差し替えざるを得なかった有様。


「『処除懐帯』と『空間斬』の複合斬撃だ」


 とどのつまりは最大出力での『宙絶』。

 だが『宙絶』とは、あらゆる点で一線を画す。


「ま、すぐ分かるさ」


 万象遍く塵芥と帰せしめる、滅界の兇刃。

 呪詛と空間歪曲の乗算を受け、こと火力に於いては無二へと至ったの一振。






 絶技の名を──『次元斬』。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る