786






 攻撃は軽い。

 防御は脆い。

 遅さと速さを両立させた厄介極まる剣技に至っては、見る影も無い。


 完全索敵領域ですら看破能わぬ得体の知れなさこそ健在なれど、そも今のリシュリウからは、以前のような本能を揺さぶる恐怖も寒気も感じられない。


 正味、どうやってフォーマルハウトを降せたかの時点で分からん。

 あ、いや。そうか『ウルドの愛人』か。

 にしたって、この異様な弱体化ぶりは一体……。


「ふふっ」


 脳髄を引っ掻く、薄気味悪い音色の含み笑い。

 細められた異彩の眼差しが、俺を見遣る。


「よわいのは、とうぜん、でしょう? このうつわは、しょせん、ただの、しょうじょ、なのですよ?」


 それに、と滑舌が続く。


「いぜんの、うつわには。かこ、せんねんちかくで、たいらげた、すうひゃくの、せかいで、かきあつめた、すうまんにんぶんの、ちからが、やどっていましたから」


 ……数万人分の力?


「わたしという、たんまつは。あらたな、せかいに、おりたったさい、ななじゅうななにんに、あおいちを、うえつけられる」


 青い血。

 事象革命以降、ごく稀に生まれるようになった特異な血液型、タイプ・ブルー。


「せいご、なのかいないの、とくべつな、さいのうを、もった、あかごたち。えらびに、えらびぬいて、わたしの、いとしごに、そめあげ、つながりを、つくる」


 タイプ・ブルーには才人が多いって話は、折に触れて聞く。

 だが、どうやら前提が逆だったらしい。才ある者の血を青く染めていたのか。


「あおいちが、しねば。あおいちの、もつ、すべての、ちからが、たんまつに、やどる」


 随分、気の長いプラン。

 少なくとも、俺は真似しようとは思わん。あらゆる意味で。


「けれど。ひとつの、うつわに、おさまる、ちからは、げんかいが、ある。けいねんれっかも、あわせて、ていきてきに、とりかえなければ、ならない」


 気も長けりゃ話も長いな、コイツ。


「そして。うつわを、とりかえたら、それまでの、ちくせきは、りせっと、される」

「あァ?」

 

 待て。ちょっと待て。リセット?

 流石に今のは聞き捨てならんぞ。


「そんなザマで俺の前に立つなんざ、舐め腐ってんのかテメェ」


 返答次第ではキレるかも知れん。


「……ふっ、ふふっ……ふふふふふっ……あははははははははっ!」


 唐突な爆笑。

 キレそう。


「く、ふふっ、ふふふっ……ああ、ああ、ごめんなさい、ね? あなたを、ばかにしている、わけじゃ、ないの」


 暫く笑い転げた後、目尻に浮かんだ涙を拭い、そう告げるリシュリウ。

 馬鹿にしてなきゃ、なんだと仰るのか。


「あなたを、ころす、さんだんも、もたず、うつわを、とりかえたり、しませんよ」

「……ほう?」

 

 つまり何かしらの策、或いは奥の手があると。

 成程成程、それはそれは。


「いいね」


 そう来なくっちゃな。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る