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「ごうけつ」

「鉄血」


 強化された膂力で喉笛に迫る刺突を、硬化させた掌で受け流す。


「……?」


 その手応えに一弾指、思考を掠める疑問符。

 だが雑念を払い、返す刀、攻守を移す。


「豪血」

「てっけつ」


 立場を入れ替えての焼き回し。

 けれど全く同じとはならず、リシュリウの掌を剣尖が抉る。


「あら。あら、あら、あら、あら」


 滴る青い血。

 酸化によって変色する俺や五十鈴とは異なる、の鮮血。


「なかなか、よい、つるぎ、ですね」


 深層クラスの金属系ドロップアイテムを鍛え、造られた剣身。

 俺の膂力に耐えかね、一度は折れてしまったものの、共振鋼レゾナンスメタル作成時の端材で補修及び表面コーティングを施し、更に強度と斬れ味を高めた逸品。


 無銘かつ特殊な能力も持たないが、純粋に武器として秀でた剣。

 均一な波を描いた刃と細やかな装飾に拘りを感じる、花も実も兼ね備えた業物。


 ひとつ問題があるとすれば、もし折ったら果心が怒り狂うことくらいか。

 勘弁願いたい。装備面で色々世話になってる手前、奴には強く出られんのだ。


「でも。むだ、ですよ」


 血で濡れた掌が、瞬時に癒える。

 否。傷自体を、元より無かったものとされた。


「これなら、どうです?」


 素早く『鉄血』を『豪血』へ切り替え、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 必然、此方の動きが止まった瞬間──リシュリウの左腕が、異形と化した。


「オイオイ」


 細長く鋭い、三本の歩脚。

 部分的な蜘蛛化。糸を紡いでた時点で『アラクネ』が使えるのは分かり切っていたが、つむぎちゃんを遥かに凌ぐ練度。

 まあ、あの子はチカラを抑える方向にリソース割り振ってたし、当然っちゃ当然。


 ……つか、そもそも俺は何故、彼女にあれこれ世話を焼いてたんだ?

 なんか理由あった気するが……駄目だ、忘れた。


「くしざしに、なりなさいな」


 三方より押し寄せる歩脚。

 尖端には毒液が滲み、まともに食らえば肉も骨も溶け崩れるだろう。


 そう。まともに食らえば。


「鉄血」


 女隷が完成した今、縛式や呪縛式を鎧わずとも『双血』は二色並行で発動可能。

 静脈を奔る青光。首、背中、左脚に突き立った先鋭を、金属音と共に跳ね除ける。


「らァッ!」


 併せ、強引にフランベルジュを振り抜き、リシュリウを身体ごと弾き飛ばす。


 緩やかな放物線を描き、概ね十歩分の距離で着水。腕も元の形へ戻って行く。

 即座に攻め立てる気は無いのか、ゆるゆると黒剣を回し、リズムを測り始める。


 …………。

 ああ。この差し合いで確信した。


「巫山戯てんのか?」

「はて、さて。なんのはなし、でしょうか」


 白々しい。惚けるな。


 力の多寡すら読み取れない、底知れぬヒトガタ。

 故、意図的に手を抜いてるのかとも踏んだが、違う。


 この女。明らかに。


「前より弱くなってるじゃねぇかよ。えェ?」





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