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 大事に於いて、念を入れ過ぎることは無い。

 それが人生を左右する分岐点なら、尚更。






 リゼが持つ『幽体化アストラル』のような物質を透過するスキルを、大掛かりな機材を用いた上で擬似的に再現する。

 或いはもっと単純に、スロット持ちの医者が当該スキルを習得することで、今や軽い外科処置くらいなら皮膚を傷付けず、痛みさえ無く、患部のみに触れての治療が可能な時代。


 執刀医達の会話を耳に挟んだところ、つむぎちゃんの手術成功率はシミュレーション結果によれば九十八パーセント。

 提供された心臓との相性が良く、術後の経過と本人の努力次第ではアスリートにもなれるほどだと言っていた。


「なんともまあ、意味ねぇ予想な」


 すすり泣く三人分の声に気が滅入り、壁に寄りかかる。

 こんな時、古い映画みたく途方に暮れた顔で煙草でも吸えば絵になるんだろうが……生憎と院内禁煙だし、そもそも俺は煙草を吸わない。






 結論から言うと、つむぎちゃんの手術は失敗した。

 理由は知らん。医者じゃないし。


 いくら成功率が高かろうと、失敗の目が存在する限り、有り得た未来。

 朝九時に始まり、九時半に御両親が息急き切って駆け付け、親子三人『手術中』のランプが消えた深夜零時まで片時も手術室前を離れず待ち続けた果ての末路。


「映画のシナリオとしちゃ、三流以下だ」


 バッドエンドを否定はしないが、込み上げるものも無く、ただ深々と突き刺さるのみの悲劇など、現実だけで十分。


「実際、現実なワケだが」


 気分は最悪。

 五歳の頃から延々と我が身を苛み続け、ほんの一ヶ月かそこら前に消えたばかりの棘に塗れた感情が、再燃する。


 幼少より、やりたいと思ったことは、やってみれば大抵なんでも出来た。

 なのに、よりにもよって一番やりたかったことだけは、どう足掻こうと出来なかった、度し難い苛立ち。


 今、泣き叫ぶ彼等も同じだ。

 家族の未来という最も強く欲した望みが掌を零れ、絶望に突き落とされた。

 スロットを手に入れる前の俺と同じだ。


 こちとら聖者じゃない。ハッキリ言って、世界中のどこかで見知らぬ誰がどうなろうと知ったこっちゃない。

 だが――俺の苛立ちを終わらせてくれた恩人の悲運を見逃せるほど、冷血漢でもない。


 …………。

 念には、念を。


 今日、この場に居合わせて。本当に良かった。


「どけ」


 開け放たれたままの手術室。

 俯く医者や看護師達を押し退け、踏み入る。


「な……き、君っ! 今は御遺族だけに――」

「遺族言うな。普通に


 泣き崩れる御両親、嗚咽を上げて立ち尽くす甘木くん。

 彼の肩に手を置き、手術台で固く目を閉じるつむぎちゃんを


 そして。


「心配するなって、言っただろ」

「……え?」


 先週まで名前も無かった第二のスキルを、発動させる。



 状況を知る者からすれば、錯乱したと思われて然るべき台詞。

 だが俺の言葉こそ、現実に起きた出来事だ。



 つむぎちゃんの蒼褪めた顔に、血の気が差す。

 眩しい明かりをむずがり、小さく身じろぎする。


 数秒前まで、確かに死んでいた彼女は――眠りから目覚めるように、瞼を開いた。




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