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「よォ」
前回は失念していた花束を担ぎ、これにて都合三度訪ねた大病院。
つむぎちゃんの病室前で、顔見知りと鉢合わせた。
「藤堂さん。来てくれたんですね」
「そら来るさ。約束したからな」
俺にスロットを売ってくれた、謂わば俺の人生を変える切っ掛けとなった少年、小比類巻甘木くん。
幾分か緊張の乗った顔色で、彼は俺に軽く頭を下げた。
「この前は見舞い品を色々と有難うございます。つむぎも喜んでました」
「そうか。レディの機微なんぞ完全に未知との遭遇なもんでチャラ男セレクションを手当たり次第だったが、甲斐はあったな」
今までの人生、覚えてる限りの大半を苛立ちと共に過ごしてた。
他人を慮る余裕も無く、品行方正とは程遠く、身に付いた技術や経験は暴力ばかり。
年頃の女の子への細かな気遣いとか、正直一番苦手な分野。
扉を開け、中に入ると、固い表情のつむぎちゃんと目が合った。
「……藤堂さん……おはよう、ございます」
「おはよう。昨日は眠れたか……なんて、聞くまでもねぇか」
充血した目の下には隈。こりゃオールナイトコースか。
規則正しく電子音の響く病室に、親御さんの姿は見えない。
聞けば細かなトラブルが重なったらしく、大急ぎで向かってはいるものの、手術開始に間に合うか分からないそうだ。
大一番を控えての両親不在。さぞ心細かろう。
「花。今日は忘れずに持って来たぜ」
心臓移植手術を受ける女の子を勇気付けるに能うものを、と言い含めて花屋に札束を渡し、用意させた特大花束。
大き過ぎて最早フィクション級の産物だが、この兄妹にとって代わりの心臓がそうであるように、金さえ積めば世の中大抵の物は手に入る。
改めて考えてみれば、あんな鼻もかめない紙切れのため、殆ど全ての人間がやりたくもない勤労を数十年も積み重ねてるとか、文明社会って中々クレイジー。
……さて。普通のタクシーに乗れなくなるサイズを出された時は流石に面食らったが、目を丸く輝かせるつぐみちゃんの様子から、わざわざ大型車両を呼んだ労に見合う益はあったようだ。
「わぁ……! すごい、おっきい、綺麗……」
「半分くらい青薔薇、ですよね。すごく高かったんじゃ」
「具体的な値段は知らん」
金の話はするな甘木くん、不粋だ。
ふむ。あとは花屋に「聞かせたら喜ぶと思いますよ」と教わった小話を。
「事象革命が起きるよりも更にずっと昔、青い薔薇の花言葉は『不可能』だったそうだ」
「「え?」」
兄妹が同時に小首を傾げる。
「自然に存在しないものだからな。しかし品種改良により人々の想像を飛び出し、実在を得て以来、花言葉も変わった」
じゃなきゃ手術前の子に不可能なんて最悪なキーワードの花、贈れるか。
「『夢叶う』。青い薔薇の最新の花言葉だ」
中高どちらかの時、教師か誰かに言われたが、俺の声質は朗読や演説向きらしい。
なるべく穏やかに、それでいて骨身に響くよう、喋る。
「上手く行くさ」
ああ。マジでガラにもねぇな、今の俺。
恩人の妹、病床の女の子のためとは言え、神経削るぜ。
しかし、一応は本心の発言だ。
重ねて――もし仮に万一が起きたところで、俺さえ居れば万一など起こらない。
「絶対にな」
だからこそ今日。講義をサボってまで、ここに来たのだから。
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