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静かに目を見開き、じわりと渋面を作るヒルダ。
纏う力場を荒立たせ、無意識にか義手と生身の継ぎ目を掻き毟る彼女。
落ち着かせるべく、肩を叩く。
四方八方から一斉に人影が姿を晒したのは、その数拍後。
「すっとろい奴等だ。レスポンス遅せぇんだよ」
六十八人──と、まだ隠れてるのが二十六人。
細かな意匠こそ違えど、全員が黒いスーツを纏った姿。
尤も実際は、いずれも深層クラスの素材を用いた一級品の兵装。
わざわざ背広デザインで仕立ててる理由は、正味よく分からんが。
「ブラックマリア。思えば、その名を聞く機会こそあれ、アタマ以外と対面するのは初か」
英国に塒を置く
適当な百人に世界最強を尋ねた際、かの六趣會をも押さえて真っ先に叫ばれる大本命。
識者曰く政界、財界に於いても国家と深く繋がり、裏側から糸を引く影の支配者。
名声以上に黒い噂の絶えない、半ばマフィアのような連中。
「なんで」
引き連れたレールガンの力場を解除し、石剣を抜きつつ疑問符を掲げるヒルダ。
明らかにシンギュラを狙っての襲撃。
しかし此方を害したところで、待ち受けるのは確実な破滅。
理路整然と思考を並べれば、邪魔立てされる謂れなど無い筈。
「んなもん、頭目の命令に決まってんだろ」
瀬戸際の終末時計を叩き壊すも同然の所業。
何故、彼等彼女等が愚直に従うのかは理解しかねるけれど……元より興味も非ず。
世界を滅ぼしたければ好きにしろ。個人の自由だ。
ただし。俺達の屍を踏み砕いて、な。
「誰からでも良いぜ」
ちょいちょいと手招き。湧き立つ殺気。
恐らくスキルで姿を消した一人が、剣を振りかぶり、横から来る。
裏拳で弾く。
砕けた剣ごと、吹き飛んでしまった。
「……流石にタイマンじゃ、俺の相手は無理か」
ざっと測るに個々の平均的な力量は、沈黙部隊の精鋭クラスより幾らか強い程度。
五十か六十番台階層あたりのクリーチャーを、ギリ単騎で仕留められるかって塩梅。
「話にならん」
幾らか期待を抱けそうな、実力的に頭ひとつ抜けてるのは、三人。
ちょうど三方から俺達を囲ってる。
──うち一人と、目が合う。
「あン?」
長い黒髪をポニーテールに結った、リゼに負けず劣らずな白皙の女。
造形の整った顔をマフラーで覆い隠し、親の仇かの如く俺を睨んでる。
…………。
あれ。
「ちょいと失礼」
四半歩の踏み込みで二百メートルほどの間合いを詰め、眼前に据える。
向こうがアクションを起こすより先、左腕を掴み、引き千切る。
「────ッッ!?」
断面から飛び散る金属部品、人工筋肉、血に似せたオイル。
対深層仕様の戦闘型機械義肢。やたらオプションが多い。
頑丈さ優先で構造自体はシンプルなヒルダのより高級品。一本あたり三十億てとこか。
そいつを手足全て同グレードでフル装備。戦闘機買えちまうな。
「前にどこかで会ったか?」
なんとなく既視感を覚える身体的特徴に、そう尋ねてみる。
返答は、吐炎。
喉に集約させた
両手が塞がった状態でもノーモーションで繰り出せる、前衛のサブウェポンとして高い人気を有する系統。
が、そこらのユーザーとは段違いの威力。
街ひとつ丸ごと焼き滅ぼせる量と密度。寸前で顎を掴み、上を向かせてなければ、十万人は死んでたな。
「無視キングか、てめぇ。義務教育どうなってんだ」
礼節を諌めるべく、鳩尾に発勁の要領で膝蹴りを刺す。
割と殺すつもりだったのだが、上手く衝撃を流された。
五体四散とは相成らず、ビル三棟巻き込んでの全身複雑骨折止まり。
「……強い……!」
せめて雰囲気くらいは劣勢に寄せたくて神妙っぽく呟くと、ヒルダから「それ嫌味?」みたいな視線。
「それ嫌味?」
声に出された。
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