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「ただいま……」
「邪魔するぜー」
空間の境目を跨ぎ、リゼが住まうマンションの玄関口へと抜け出る。
漫画家並みに歩かなくなりそうだな、この能力。
にしても。
「はー、肩凝った。変に疲れたわ」
「ホント……」
うつ伏せでベッドに倒れ込むリゼ。絵に描いたような疲労困憊。
そりゃそうだ。コイツ、馬鹿でかい実家の門を潜った瞬間から、傍に俺しか居ない時以外、人が変わったみたいな御嬢様ムーブで振る舞ってたし。
アレは、さぞ体力と神経を削ったろう。
俺は俺で笑いを堪えるのに必死でしたけども。
カーテシーとか実際やる奴、初めて見たわ。
「月彦」
「あァ?」
んだよ。
「お腹すいた」
「そうか」
で?
「お菓子、買って来て。いっぱい」
普通に飯を食え。
甘味で腹を満たそうとするんじゃねぇ。
「ガムは絶対に忘れないでよね、ちゃんと板のやつ。粒とか論外、絶滅しなさい絶滅」
ええい、注文の多い奴め。その意見は分からんでもないが。
でも絶滅は流石に言い過ぎ。
五秒ばかり熟考を挟んだ末、お望み通り菓子を買いに出てやった。
栄養学を修める身としちゃ些か複雑だが、時には不摂生も必要だ。
健康に悪い食べ物は大体美味いし。
……加えてリゼは実家に滞在中、のべつ幕なし出入りする親族やら何やらの応対を強いられ続けたため、ろくすっぽ食事も摂れず仕舞いだった。
基礎代謝が一般的な成人男性の三倍近いにも拘らず、だ。
どうにか切り上げられたから良かったものの、下手すりゃ栄養失調で倒れてたかも知れん。
結論。今日くらい砂糖漬けでも、バチは当たるまい。
「しかし。意外つーか、なんつーか」
二リットルのペットボトルを一気に飲み尽くす勢いにてドクペを傾けるリゼ。
そんな様子を尻目、手慰みでペン回しに興じながら、ふと呟く。
「随分、簡単に引き下がったよな。お前の両親」
「ん……そうね。私も少し驚いたわ」
ギャーギャー喧しかったのは基本的に外野連中。
肝心なリゼの父母は、成立すれば各方面に強固なコネクションを築けただろう婚約の拒否を、いっそ拍子抜けするほど容易く認めた。
──ああ。構わんよ。
──貴女の好きになさい。
肩透かしも甚だしい、予てより抱いていたイメージとは対極的なリアクション。
そりゃあ、とうに成人してるリゼにとって結婚するもしないも本人の自由。
が。向こうにだって立場くらいあったろうに。
しかも守る気など更々なかったとは言え、大学卒業後は
リゼ曰く、魂が見たことの無い色味になっていて、薬物かスキルでの洗脳を疑うレベルとの談。怖っ。
一番に考えられる可能性、Dランキング七位という栄達に目が眩んだ……ようにも見えなかったし。
謎は深まるばかりだ。気味悪りぃ。
「ま、煩い輩共の始末は自分達で付けろ、なんて条件は出されたが」
翻せば本当に、それだけ。
そいつ等も、俺が
用立てた
「あの七面倒な手続きの苦労が無駄に終わるとは……」
「お疲れ」
ガムを膨らませながら、ポンと俺の肩を叩くリゼ。
流石に雑過ぎるぞキサマ。諸々の恩は無いのか、恩は。
……なんてな。
コイツが居なくなって困るのは俺。
なら、手を尽くすのは当然。
そもそもアリガトウだのゴメンナサイだの、今更そんな他人行儀を挟む間柄でもねーし。
背中を預け合うって、そういうことだと思うワケよ。
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