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 そんなこんな、一抹の疑念を残しつつも取り敢えず解決と相成ったリゼの婚約騒動。


 残る目下の面倒事は、一桁シングルランカー達との交流会。

 しかし、その日取りまで未だ少々ばかり猶予がある。


 ――であれば、以外に選択肢など無いだろう?






「ハハッハァ! 懐かしいな、この景色!」


 長閑な佇まいの内に、どこか不穏な空気が混ざり込んだ田園風景。

 時折、耳を掻く異音。肌へと触れる粘ついた気配。


 そして――背後から襲い掛かって来るクリーチャー。


「ざァんねん! モロバレなんだなぁコレがッッ!!」


 正面を向いたまま腕だけ後方へ突き出し、わざわざ歓迎の挨拶に出向いて下さった奇特者を迎える。


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。

 身体能力同様に研ぎ上がった俺の感覚器をフルに活かした完全索敵。

 半径五十メートル前後なら、スキルを使わずともレーダー以上の精度で掌握出来る。

 ちなみに範囲は現在進行形で拡大中。


 領域内であれば気配を消そうが存在を絶とうが、必ず何かしらの形で違和感が混ざる。

 息を殺しただけの奇襲なんぞ、奇声張り上げて正面から飛び込んで来るのと変わらん。


 ……さて。捕まえたのは人型に近いシルエットの、けれど絶対に人間ではない何か。

 その素っ首を掴み、百キロほどの重量を片手で持ち上げ、まじまじ見遣る。


「なんだ『アガリビト』かよ」


 山という魔境の狂気に囚われ、人の範疇を外れてしまった元人間……と嘯かれる怪異。

 数ある都市伝説の中でも特に具体的な情報が少なく、クリーチャーとしての存在が確認された今も尚、詳細部分には不明瞭な点の多い種。


 ぶっちゃけ雑魚。


 確かに力は強いし動きも素早い。

 けれど所詮、三十番台階層クラスの枠内での話。

 素の身体能力で大型バイクをビルの三階にブン投げられる俺が『豪血』を使えば、まさしく大人と赤ん坊。

 いや、象と蟻だな。悔しけりゃ呪詛くらい纏ってみろ。


「どうせなら姦姦蛇螺あたりがエンカウントしてくれりゃ、幾らか手間も省けて良かったんだが。ま、あいつ等は自分のテリトリーから出て来ねぇし、無理な相談か」


 拘束から逃れようと暴れるアガリビトを五爪で引き裂く。

 積み上がる肉片。それが崩れて消え去った後に残ったのは八千円級の、この階層帯に於ける平均サイズの魔石ひとつ。


 俺に攻撃の意図さえあれば、触れただけで鉄をも斬る異彩の籠手。

 エネルギー効率を重視したコンセプトゆえ出力が抑えられた核式とは言え、改造前の樹鉄刀と同程度の攻撃力は備えている。

 つまり燃費を悪化させる『双血』の適用を行わずとも、四十番台階層以下のクリーチャーを斃すには十二分な得物というワケだ。


 なので指先が尖ってるのは単純に俺の美的感覚。

 あと、嵌めたままでも細かい作業やり易くて便利だし。


 どうもリゼには不評だけど。





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