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 ちっぽけな、けれど思わぬ反撃に警戒を抱いたのか、ミノタウロスの動きが鈍る。

 その儚い間隙を突く形で更に後ろへ跳んで距離を稼ぎつつ、赤い血が見る見る青く変色する肩口にアラクネつむぎちゃんの粘糸を押し付けた。


 抜群の吸着力。スマートに傷を塞いでくれる。

 補修剤に止血剤、他にも色々使える便利な代物。無理言って譲って貰ったのは正解だな。


 ……さーて。


「どうしたもんか」


 応急手当こそ済ませたが、とても一級ハイランク回復薬ポーションで再生を図れる盤面ではない。

 養分が足りねぇし、第一そんな猶予を与えてもくれまいよ。


 かと言って腕を拾い、二級ミドルランク回復薬ポーションで繋ぎ合わせるという選択肢も論外。

 だいぶ遠くまで飛ばされた上、傷口がヤスリでもかけたみたいな惨状。

 あれを戦闘中に接ぐとなると、震度七の震源地で針に糸を通すより難しい。


 このまま続行するしか選択肢が無い。

 が、元より万全だろうと敗色濃厚な力量差。片腕で挑むのは流石に荷が勝ち過ぎる。


「やることリストに可及的速やかな服薬、栄養補給を追加、と」


 およそ四万キロカロリー。一級ハイランク回復薬ポーションで腕一本生やすため最低限必要な熱量。

 ついでに回復薬ポーションだけでなく、増血薬も飲んでおきたい。


 何せ『深度・弐』だ。馬鹿みたいに血を削る。

 籠手ごと毟られた左腕の分も合わせて、パフォーマンスが維持出来るリミットは……四十秒前後か。

 明らかに悪化した状況。時間稼ぎすら雲行き怪しくなってきた。


「参ったな」


 数多の敗北、押し迫る死を掻き分け、光明を手繰り寄せる繊細な作業。

 たった一手の差し損ねが、積み上げた諸々を容易く崩す。


 尤も格上相手の戦いとは、往々そういうものだが。


「ホント参った。楽し過ぎて笑えてくるぜ」


 ほぼ確実な死さえ度外視すれば、一対一タイマンでも幾つか勝算はある。

 が、俺は嫁入り前の身であるところのリゼを、ダンジョン内で何が起ころうと五体満足のまま生還させると決めている。

 少なくともヒルダの安否が明らかとなるまで、迂闊な真似は出来ない。


「……ん?」


 割と八方塞がりな思案の只中。何かが脇を奔り抜けた。


 狂った笑い声にも似た風切り音を撒き散らす、一閃の斬撃。

 六割ムツキほどの呪詛を孕んだ『流斬ナガレ』が、五つに裂けて八方よりミノタウロスを襲う。


〈オオオオォォォォォォォォッッ!!〉


 その内の四つが、雄叫びと共に振り回された鎚斧によって弾かれる。

 上手く掻い潜った最後の本命ひとつが斬り付けたのは、樹鉄刀の剣身が刺さったままの脇腹。

 刃を分けたため深手にこそ至らなかったものの、傷に傷を重ねたことで肉の鎧を穿ち、小さく血飛沫を飛び散らせる。


 …………。


「随分お早い復帰だな」

「何それ。皮肉のつもり?」





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