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 針先ばかり、リズムが狂ってしまった。


 六十階層以降で抱えていた、樹鉄刀の重心ブレという問題。

 物理法則さえ凌駕し始める深層の怪物達を相手取るにあたり、アキレス腱となりかねなかった弊害。


 剣身形成の都度、太刀筋や刃の角度、タイミングなど各種微調整を行い、糊塗を重ねてきたが……大一番でしくじった。


 殺し切れなかった負荷。

 左手首を突き刺す痛みと亀裂音。

 飴細工が如く砕けた樹鉄刀の剣身。


 未だ止まらず、俺の肩口目掛けて迫り寄る、刃毀れだらけのナマクラ斧。


「『深度――」


 ああ駄目だ。遅過ぎる。


 ――『双血』の切り替え時は、一旦深度を壱に落とさなければならない。

 重ねて言えば、いきなり『深度・弐』での発動も不可能。


 そして、この速度と重量。

 これを『鉄血』で防ぐには、深度を上げる必要がある。


 即ち、要求されるのは『豪血』の深度を落とした後『鉄血』にシフト、深化するという三つのプロセス。

 一連動作の所要時間は概ね一秒弱。逆立ちしようと間に合わん。


 かと言って『深度・壱』の『鉄血』では、素で受けるのと大差無いだろう。


 然らば、ここで俺が選ぶべき手は。


「ハハッ」


 灯す色は赤のまま。

 籠手に仕込んだ魔石で、砕けた樹鉄刀の剣身を再形成。

 ……三割も直れば御の字だったが、妙に早いな。


「あとは」


 残り四半秒足らずの猶予を注ぎ込み、無理矢理に右へズレる。

 およそ十五センチ。精一杯の回避。


 だが、これなら――で済む。


「ハハッ」


 分厚い刃が力任せに骨肉を抉り裂き、嫌な音を立てて吹き飛ばす。

 ま、くれてやるよ。どうせ手首折れて使い物にならなくなってたし。


 勿論、代償はしっかり頂く。


「ハハッ、ハハハハハハハッッ!!」


 血飛沫が視界の端で青味を帯びて行く。

 自分のことながら、何度見ても奇天烈な体質。


 ともあれ、勢い良く前に踏み込む。


 ミノタウロスは大振りを終えた直後で動けない。

 普段より数倍速く剣身形成を終えた樹鉄刀。強く強く握り締め、腕を引き絞る。


 そのままガラ空きの脇腹へと、逆手横薙ぎ。

 これで仕留めるのは流石に無理。

 しかし、大なり小なり痛手は与えられる筈。


「喰い千切れぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!」


 吸い込まれるように肋骨の隙間を穿つ切っ尖。

 重い。硬い。みっちり詰まった筋繊維の一本一本が馬鹿みたいな強度だ。


 振り抜く最中、再び剣身に大きく亀裂が伝う。

 くっそ、力が逃げる。深く刺さらねぇ。


「チッ」


 結局、また折れてしまった。

 およそ半分となった剣身。残りをミノタウロスの脇腹に置いたまま、後ろへ跳ぶ。


「っぶね……」


 鼻先を叩く風圧。すんでで剛腕を食らうとこだ。

 素早いな、頭まで侵食されてそうな筋肉達磨のくせに。


 に、しても。


「左腕丸ごと差し出した成果が、チンケな擦り傷ひとつかよ」


 割に合わねぇな、オイ。





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