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 大鎌の切っ尖を引き摺り、仏頂面で横に立つリゼ。


「アンタってホント、イカレてるわよね」


 張り詰めた意識をミノタウロスへ残したまま、視線だけ此方に向ける。

 俺の血で仄かに青く濡れた唇を撫ぜながら、その眼差しが見据えたのは、空っぽの左腕。


「前は右、今度は左。トカゲの尻尾くらいにしか思ってないワケ?」


 まあ一級ハイランク回復薬ポーションなら手足や臓器の再生が出来るからな。

 実際のところ、似たような感覚だ。


 が。


「好きで落としてるみたいに言うなよ。必要が無けりゃ、こんな真似するか」


 リジェネレーション自体、割と命懸けだしな。


「分かってないみたいだけど、そこがイカれてるのよ」


 チドリを抜き、立て続けに斬撃を飛ばすリゼ。

 ダメージこそ入らないものの、鬱陶しげに二歩三歩と退くミノタウロス。


「マイナスと、より大きなマイナス。前者を取るべきなのは明確でも、咄嗟に実行出来る奴なんて、そうそう居ないわ」


 更には攻撃と並行し、大鎌に呪詛を注いでる。

 片手での作業ゆえかこそ常より遅いが、緩やかな脈動が却って力の充溢を感じさせた。






「ところで月彦。私、初めてだったんだけど」

「あァ?」


 なんだ藪から棒に。

 初めてって、何がだよ。


「ん」


 ぺろ、と鮮やかな赤い舌先が唇を這う。

 …………。


 え。


「冗談だろ、お前」


 流石に与太話を疑うぞ。見た目が何より重要視される中高時代を、そのルックスでどう過ごせば――いや、そうだ、そう言えばコイツ結構な御令嬢だったわ。お嬢様だったわ。

 十分あり得る。悪いことしちまったか。


「あー、アレだアレ。救命活動はノーカン理論を適用で」

「無理よ。もう覚えたもの」


 攻め手を休めぬまま、リゼは深く吐息し、続けた。


「キスって、血の味がするのね」


 しねぇよ普通。

 台詞に抑揚くらい入れろ。本気か冗談か分かり難いわ。






「『呪胎告知』……『ヨツキ流斬ナガレ』」


 すっかりと耳馴染んだ、狂った笑い声にも似た風切り音。

 赤黒い軌跡で空間を歪め、ミノタウロスの喉笛目掛けて翔ける、死の三日月。


 ――更に間髪容れず、再びチドリの小さな刃が、燕の如く幾重にも翻る。


 スキル『飛斬』の速度と威力は、大元となった刃物のそれに比例する。

 当然、大鎌よりナイフの方が剣速は何倍も速い。

 先に放たれた『流斬ナガレ』を追い越し、鉄塊でも斬り付けたような鈍い音を撒き散らす。


「チッ」


 そして。リゼの舌打ちが、絶え間無い攻めの結果を物語る。


〈オオォォ……〉


 四十番台階層クラスのクリーチャー程度なら、抗う術も無く細切れと化すコンボ。

 けれどミノタウロスは、全身に力を入れて皮膚を硬化させることで『飛斬』を弾き、残る『流斬ナガレ』も鎚斧で叩き砕いてしまった。


 さりとて難度八のダンジョンボスとなれば、この程度は当然か。


「『飛斬』じゃ威力不足で有効打にならないわね。『流斬ナガレ』も半端な威力だと、今みたいに砕かれる」


 となると、切るべきカードは。


「『処除懐帯』だな」


 首肯が返る。

 小規模な階層ひとつ丸ごと両断せしめる、死神の嘲笑。

 まともに食らえば、あの化け物も無事とは行くまい。


「ストックはどれくらい残ってる」

「四キロ分」


 最大四発、現実的に考えればギリ三発か。

 いいぞ。益々面白くなってきた。


「取り敢えず溜めとけ。当てる隙は俺が作ってやる」

「りょ」





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