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「ところで月彦。面白いものってのは、いつ見せてくれるの?」


 甲府迷宮は二十番台階層が極端に広く、一階層上り下りするだけでも数時間は掛かる。

 リゼが月曜の朝から講義を控えてるため、奥には進まず二十一階層の前半部分で狩り回ること暫く。

 樹鉄刀の慣らしも概ね済んだ頃合、リビングアーマーを寸断したリゼに、そう問われた。


「お、そうだったな。よし、手頃な奴を探すか」


 出来ればリベンジも込めてイライザを所望するが、滅多に出くわす相手ではない。

 ちなみに奴さん、俺達が遭遇して以降に細かな調査を重ねた結果、正式に二十一階層でのポップが観測されたらしい。いつの間にか記録情報も書き換わってた。


 全体で見れば些細な、しかし確かな既存認識の修正。

 事象革命より四十年。ダンジョンありきの急速な発展を遂げた人類。

 けれども、まだまだ明らかになっていないことばかりなのだと、改めて認識させられた。






 獲物を求めて三千里……は当然歩いてないが、未だ通ったことのなかった廊下で、いかにもなデカい扉を見付ける。


 開け放つと、そこは物悲しい音楽の流れるダンスホール。

 そして曲に合わせて踊る、貴族風の装いに身を包んだ幽霊レイス達。

 そう言えばコイツ等の具体的な種族名、知らんわ。


「こういうの、昔のゲームでモンスターハウスとか呼ぶんだっけか?」


 圧倒的な物量。とは言え、内訳は幽霊レイスのみ。

 幽体という特殊性こそ持ち合わせているものの、単純な戦闘能力面では恐らく古城エリアに於いて最弱のクリーチャー。

 落とす魔石も二千円級と、やけに小さいし。


 とどのつまりここは、対幽体の準備を怠った奴、そもそも実力の伴わない奴にとっては地獄だが、標準的な中堅クラスの力量がある連中からしてみれば、魔石やドロップ品を大量入手出来る一種のボーナスステージ。

 ついでに俺にとっても、好都合なシチュエーション。


「百は居るな。お誂え向きだ」

「お誂え向き?」


 俺の呟きを拾ったリゼが、怪訝そうに此方を見た。

 当然と言えば当然な反応。何せ『双血』が齎すのは身体強化と肉体硬化。雑魚を一掃可能な範囲攻撃手段は皆無。

 加えて持続時間の短さも手伝い、お世辞にも対集団戦向きとは言い難い。


 他ならぬ俺自身、つい数日前まで、そう思ってた。


「まあ見てろ――豪血」


 動脈に流れる赤光。

 強化された脚力でレッドカーペットを踏み締め、一気に中央まで躍り出る。


 次いで震脚の要領で床を踏み鳴らし、音楽が途切れるほど大きく足音を撒き散らす。

 緩慢と踊るばかりだった幽霊レイス達の視線と意識が、一斉に俺へと集まった。


「セルフレジも使えねぇ、旧態依然のロートル共が。今時ワルツなんざ流行るかよ」


 深く息を吸いながら『豪血』を解く。


「つっても俺ぁ、基本まともに音楽すら聴かねぇがな」


 樹鉄刀は抜かない。必要が無い。


呪血じゅけつ


 赤い光が消えたばかりの動脈に――が、ぼうと灯った。





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