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 発動より四半秒。

 全身に黒い光が奔り終えると同時、俺自身への明確な変化が表れる。


「ぐ……うぅ……ッ」


 身体が錆びるような、全身を針金で縛られたような錯覚を覚えるほどの動き辛さ。

 少しでも気を抜けば、床に膝をつきそうだ。


 ──この第三の『双血』――『呪血』を発動させると、動作が極端に鈍くなる。立って歩くのがやっとなくらいに。

 血の磨耗も『豪血』『鉄血』より。連続で発動していられる時間は、精々五分程度だ。


 そんな有様で、果たして何が出来るのかと言えば。


「――捻れろ」


 


 俺の周囲を取り囲む幽霊レイス達が、距離の近い順から五体を捻れさせて霧散する。

 例えるならバルーンアート。捻れて捻れて捻れて捻れて、やがて原形すら失い、爆ぜ砕ける。


 距離が遠く、幸か不幸か即死を免れた奴等も、手足や首など身体の一部が捻れ、金切り声を上げていた。


 逃げようと背を向ける個体。怨嗟と共に向かって来る個体。

 向こうからすれば、唐突極まる正体不明な攻撃。必然、反応も様々だが……そうやって俺を強く認識すればするほど、呪詛の浸透は早まるのだ。


 ――全滅まで、三十秒くらいか。






 最後の幽霊レイスが消滅する姿を見届け、一拍置いてから『呪血』を解く。

 暫しラグを経て戻る身体の自由。相変わらず、なんて使い勝手の悪さだ。


「ふいー、だる……」


 模様に見せかけたジーンズの継ぎ当てを軽く払い、足元に落ちていた正十二面体の魔石を拾う。

 ふと試しに樹鉄刀の柄頭、角鋲型の金具にそれを押し当ててみれば、コンビニ一軒の消費電力を優に十日は賄えるだけのエネルギーを瞬く間に吸い尽くし、ひとつ脈動した。


「食いしん坊め」


 空になったクズ魔石を放り捨て、ダンスホールの扉前で待つリゼの元へと戻る。


「……今の、なに」

「『双血』の新しい能力? 元々あったけど知らなかった能力? そこら辺、俺もよく分からん」


 確かに一部のスキルは練度が増すことで、より精微な操作が可能となる。

 だが今回の場合、それとは全く違う。能力そのものが大きく変質、枝分かれしている。


 過去四十年、似た事例は他にも確認されてるが、その原理や条件は一切未解明。

 まあスキル自体、魂魄に深く干渉する存在であること以外、詳細は殆ど分かっていないワケだし。


 ……ただ、俺が『呪血』を得るに至った理屈こそ不明なれど、理由には心当たりが。


「八尺様との戦いで呪詛を食らいまくったからな……は、多分それだろ」

「こっち?」


 またも怪訝な顔をするリゼ。お前、たまには笑え。


「増えた能力は二色だ。計四色にもなって『双血』と呼ぶのも変な話だが、発動媒体の動脈と静脈を指して双つと考えればいいよな」


 第一の『豪血』。

 第二の『鉄血』。

 第三の『呪血』。


 続く四番目は、これまた異質。


「ふーっ」


 肺の空気を残らず吐き出す。

 そして。


「『錬血れんけつ』」


 発動と共に、白い光が静脈を満たした。


「……こいつを使うと……まで……解除が、出来ない」


 軍艦島にて輸血を受けた際、目覚めたと思しき異能。


「発動中は、極度の睡魔に襲われ……思考も、儘ならん……」


 先の『呪血』が肉体を弱めるなら、この『錬血』は精神を鈍らせる。

 けれども反面、得られる恩恵は絶大。


の水分だって、消耗するし……」


 恐らく俺にとって、最も必要だったもの。


「正直……使い所は……かなり、制限されるが……」


 失った血を、補充するチカラだ。





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