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 そんなこんなで、リゼ主導の下に開始された制御訓練。

 ぶっちゃけ、大学の進級も危うい女に指南役を任せて大丈夫かとも思ったが……中々どうしてサマになってやがる。


「大体のは分かった?」

「は、はい」


 至近距離で撃たれた銃弾だろうと避けられる瞬発力。

 同じ太さのカーボンナノチューブすら凌ぐ強度の糸。

 一滴で石造りの床を延々と溶かし続ける劇毒。


 他にも、蜘蛛という生物が持つ特色の殆どを、怪物級に強化した次元で備えている。


 これが『アラクネ』の力。データでは知っていたが、直に見ると一層凄まじい。

 まともな制御も出来ていないものを、ただ恐る恐る使っているだけで、このレベル。

 前任の探索者シーカーが将来を嘱望されるワケだ。


「――じゃあ次はね。チカラを全力で使って」

「え……」


 不躾な、遠慮の無い物言いに、つむぎちゃんの顔が引き攣る。


「リゼお前、そいつは流石に性急……むぐっ」


 黙れとばかり、またしても口の中に食べかけのチョコバーを突っ込まれた。

 バカみたく甘いんだよ、これ。胸焼けする。


「ダラダラ時間を取る意味なんか無いわ。言ったでしょ、推し量る必要があるって」


 大鎌の石突きが二度三度と床を叩く。


「曖昧な恐怖心や嫌悪感が一番の妨げになるの。いきなりの克服は難しくても、どう怖いか、どう嫌いか、せめてその辺は早急にハッキリさせておいた方が今後のためよ」

「……で……でも……」


 今にも泣きそうな目で、つむぎちゃんが俺を視界に収める。

 ちょっと待って。今、口一杯で喋れん。


「んぐ……スパルタが過ぎるぞ」

「冗談言わないで。そのチョコバーより甘いくらいだわ」


 それこそ冗談だろオイ。


「まあ勿論、嫌なら別にやらなくて構わない。そうやって怯えながら闇雲に押し込め続けてればどうにかなると、あなた自身が思うならね」


 意地の悪いことを。実際それじゃどうにもならねぇから、こうしてるんだろうが。


 長い間、つむぎちゃんは己が身を抱き、震え混じりに逡巡していた。

 が。やがて弱々しくもリゼを見返し、か細く頷いた。


「……分かり、ました……パパと、ママと、お兄ちゃんと……藤堂さんが、繋いでくれた命……ちゃんと生きられないのは、嫌です……!」


 ええ子や。泣ける。


「ん」


 対し、無愛想に肩をすくめ、そのまま俺へと振り返るリゼ。

 なんじゃらほい。


「終わるまで向こう行ってて。この子の気が散るから」





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