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「あーく、さーら、ちゃぁぁぁぁん」

〈ヒッ……!?〉


 リゼちー直通便にて二十番台階層、夜街エリアへと移動し、女怪を訪ねて早数時間。

 通算四十三体目の悪皿ことアクロバティックさらさらをビルの屋上で見付け、十五階建ての壁面を真っ直ぐ駆け上がり、射程内に捉えた細い手首を掴む。


「ハハッハァ。目玉はねぇが、顔は割と美人さんだよなァ?」

〈ヒイィ、ハナ、ハナシテッ……!!〉


 なんだなんだ。人をビビらせる側の都市伝説が人間相手にビビるとは情けない。

 そう怖がるなって。サディスティックは既に黄昏、今は一撃必殺の美学が来てるのさ。


「ほーら」


 逃げ出そうと儚い抵抗を行う悪皿の虚ろな眼窩に、脈打つ塊を晒す。

 一瞬で抜き取った、コイツの心臓を。


〈ナ……バ……バケ、モノ、メ……〉


 ドス黒い血と悪態を吐き出し、倒れる悪皿。

 化け物に化け物呼ばわりされた。心外。






「よぉ。戻ったぜ」

「殆ど妖怪みたいな登場ね」


 ビルの下で待っていたリゼの正面へと上下逆さまに飛び降り、腕一本で着地。

 肘で全ての衝撃を受け止めるのがコツな。常人なら骨が砕ける程度じゃ済まないので真似するなよ。

 誰に言ってんだ俺は。


「……また血だらけ」


 間合いの面では素手と変わらない核式は、どうやったって返り血を浴び易い。

 クズ魔石が溶かし込まれた攻防力付与オイルを塗した衣服。そのあちこちに飛び散った血糊を見たリゼが、溜息と共に『幽体化アストラル』を使い、俺を


 一瞬だけの憑依。それに伴い適用された『消穢』。

 返り血どころか細かい汚れも何もかも残らず払われ、湯上がり直後より身綺麗となった俺。


「ホント、良いスキルだよなァ」


 毒、酸、呪詛、薬物、汚濁、細菌、排泄物、老廃物。

 あらゆる穢れを消し去り、完璧な清潔まで保ってくれる優れ物。

 流石、世の女性スロット持ちが挙って欲しがるスキルの筆頭候補。超絶便利。






「あと何体か悪皿を狩れば、二十番台階層の分はコンプか」


 入手した素材を腕輪型端末で計上し、必要数量と照らし合わせる。

 現状の進捗率は八割ちょい。ドロップ率を考えると普通なら五分にも届いていない筈だが、そこは『ウルドの愛人』の恩寵。


「ここの次は四十番台階層のクリーピーパスタ共からドロップ品を頂いて、最後に八尺様とのバトルで〆、と」

「日付が変わるまでには終わりそうね」


 俺の肩越し、リゼが空間投影ディスプレイを覗き込む。

 仄かな柑橘系の香りが、ふわりと鼻腔を撫でた。


「……お前、香水変えたか?」

「ええ。春の新作」


 左様で。そう言えば、さっき化粧直してたわコイツ。

 しかし……。


「あんま好きな匂いじゃねぇな」

「そう」


 ……?

 なんだなんだ。唐突に香気が消えたぞ。


「『消穢』か? 香水も対象になるのかよ」


 だが粗悪品なら分かるけれど、リゼの使ってる化粧品一式は全て天然素材かダンジョン産素材を製した品々。

 バカ高価たかい分、害になる成分など入ってない筈だし、縦しんば入っていたなら触れた瞬間に払われる道理。


「『消穢』の対象は大まか二種類あるの」


 小首を傾げる俺に対し、いつも使ってるバニラ系のフレグランスを出しながら、リゼが答えた。


「習得者の害になるものと、習得者が強く不快に感じたものよ。勿論、限度はあるけど、人間の手足くらいなら焦がせるわ」


 ……ああ。そう言えば、いつだったかコイツが痴漢に遭った時、下手人のオッサンが腕極められて香ばしくなってたな。

 成程、納得。


「だから、もし脳みその足りないバカが『消穢』持ちに無理矢理したら、それはそれは酷い目を見るわね」


 怖っ。





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