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 いやはや。


「あーあァー。こりゃ完全にスクラップだな」


 砂とも塵ともつかない芥と化し、風も無いのに吹き流れて行く女巨人の亡骸を尻目、右籠手の残骸に溜息ひとつ。


「マシンガンの掃射だろうと跳ね除ける姦姦蛇螺の骨鱗も、相手が深層のフロアボスじゃ形無しか」


 尚、傍らには似たような有様となった吸撃の盾を抱え、しょぼくれるヒルダの姿。

 取り敢えず肩を叩いて慰めておく。


「しょうがねぇよ、壊れちまったもんは。こちとら命の獲り合いやってんだ、さっきの相手に盾一枚で済んだのは寧ろツイてる」


 ぶっちゃけ過去を差し替えるって手もあるにはあるが、あまり気は進まん。

 戦いの傷、死合いで刻まれた爪痕を最初から無かったことにするのは、やはり後味が良くない。


 嘗ては見果てぬ夢と諦めかけていた探索者シーカー人生。

 偶然と幸運に見初められ、漸く得た悲願なのだ。他は兎も角ダンジョン関連の事柄で、やりたくないことはひとつだってやりたくない。

 それを貫いた末の結果なら、死だろうと受け入れる。従容とな。


「よって悪いが盾は諦めてくれ。なに、そのうち良いことあるさ」

「何がかよく分からないし、慰め方が雑だよツキヒコ。テンション下がる、さげぽよ八幡宮なーむなむ」

「……その時たま入る変な和訳、どうにかならないの? 気が抜けるんだけど」


 全くだ。






「さて。ダンジョンが活性状態とは言え、六十階層ともなれば如何にフロアボス様だろうと復活まで半日以上かかるとは思うが、また幻覚に閉じ込められても面倒だ。さっさと降りようぜ」

「いやアンタ、その前に腕治しなさいよ」


 拓けた道、下層行きの階段へ揚々と踏み入らん俺の襟首を掴むリゼ。

 おっと忘れてた。






「ふむ……これ、は、ちょっと大仕事だね……」


 軽く右腕の容態を診たヒルダが、眉間に皺を寄せる。


 まあ、当然と言えば当然の反応。

 あらぬ方に拉げ、砕けた籠手の破片が深々と噛み付き、更には折れた骨が所々で肉と皮を突き破っている惨状。


 原形を留めてるのが奇跡。吹っ飛ばなかったのが逆に不思議。

 普通に治療するなら、リハビリ込みで数年単位の時間を要するだろう重傷。そもそも快癒自体が望み薄。

 ここまでのダメージは、九州以来か。


「このまま回復薬ポーションを飲んだら、まともな治り方をしない。まずは刺さった破片を取り除かないと」

「骨の位置も出来るだけ整えた方がいいわね。変な後遺症とか残したくないでしょ」


 めんどくさ。

 もっとシンプルに行こうぜ。


「持ってて良かった一級ハイランク回復薬ポーション


 バカ高価たかい上に薬材が希少なもんで、二本しか手に入らなかった虎の子の一本を、圧縮鞄から引っ張り出す。

 こんな小瓶で、お値段八桁。笑える。


「どうする気だい? いくら一級ハイランクでも、骨肉に深く食い込んだ異物までは取り除いてくれないよ」

「……アンタ、まさか」


 首を傾ぐヒルダに対し、緩やかに渋面を作るリゼ。


 流石、密度の濃い付き合いを重ねてきた相棒。十まで語るに及ばずか。

 お察しの通りだとも。


「いっそ方が早い」


 この右腕を、斬り落とす。





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