244・Rize






 ――振るった小さな刃が描く三日月状の太刀筋。

 それをなぞるように虚空を躍る斬撃。


 手数と剣速なら、長尺で重心も不安定な臨月呪母を遥かに凌ぐチドリ。

 故にこその必然的な短所。本当なら蹴りにさえ劣る間合いを何百倍にも引き伸ばす、スキル『飛斬』が齎した原理不明の一閃。


 そして『飛斬』は呪詛を注ぎ込んだ『流斬ナガレ』と違って、一度放たれてしまえば私の意思は届かない。

 だからこそ、僅かに空間が歪んだような軌跡を残しつつ――何の呵責も無く、グチャグチャになった月彦の右腕を、いともあっさり刎ね飛ばした。


 酸素に触れて青味を帯びた鮮血が、緩やかに滴り落ちる。


 腕一本分の断面。けど、あまりにも少ない出血量。

 たぶん筋肉の収縮で血管を締め上げて、失血を抑えてる。

 なんて、なんて、馬鹿げた芸当。


「ハハッハァ。見事にスパッと行ったな、流石リゼちー。斬撃の鋭さは俺以上」


 石でも飲み込んだような心地の私を他所、当の月彦は斬られた痛みも腕を欠いた喪失感も窺わせず、寧ろ愉快げに笑う。


 そうして、ひとしきり声を上げた後。小指ほどの瓶に満たされた一級ハイランク回復薬ポーションを呷った。


 少し間を置いて訪れたのは、異様な光景。

 ひどく耳に障る、形容し難い音を響かせながら右腕の骨肉が形成されて行くワンシーンは、たぶんグロ耐性の無い人には相当キツい。


「ハハハハハッ! 面白れぇなオイ! だが腹が減って仕方ねぇ、気ぃ抜いたら栄養失調で死にそうだ!」


 再生に必要なエネルギーを賄うため、一本で成人男性一日分の消費カロリーに匹敵するチョコバーを立て続け貪る月彦。

 余程、急激な消耗だったみたいで、再び両腕が生え揃ってからも暫くの間、食事の手を止めなかった。






「……欠損部位のリジェネレートは、骨折とか日常茶飯事な格闘家でも泣き叫ぶほど痛い……って聞いてたんだけどなぁ」


 呆れと感嘆混じりの乾いた声音で、淡々とヒルデガルドが零す。


 まあ、言いたいことは分かるわ。ええ、とっても。

 でも生憎、月彦が痛みで転げ回る姿なんて私には想像出来ない。


 何せ普通なら死んでてもおかしくないレベルの重傷を負った時ですら、平然と動き回ってたような奴だし。

 無茶苦茶なタフネス。身体は勿論、精神が異常に頑丈過ぎる。


 果たして青い血――タイプ・ブルーは皆こうなのか。

 若しくは単純に、ウチのバケモノが度を越してるのか。


 ふと、軍艦島で会った銃使い。月彦に血を分けてくれた博多弁の厨二女を思い出す。

 改めて振り返れば、纏う空気こそ明らかな強者のそれだったけど、少なくとも月彦ほど感じはしなかった。


 たぶん血液型とか関係無く、月彦が特別におかしいんだと思う。

 と言うか、お願いだから、そうであって欲しい。

 タイプ・ブルーの割合は大体、数千万人に一人らしいけど……こんなのが世界に何十人も居るとか笑えない。


「おいリゼ。何か俺に物申したいなら聞こうじゃないか」

「別に」





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