245・Rize
生え揃ったばかりの右手でクッキー同然に握り砕いた瓦礫の粉塵を払って、無造作にジャブを繰り出す月彦。
一打毎に鳴り渡る、空気が弾け飛ぶ薄ら寒い炸裂音。
一桁台階層のクリーチャーくらいなら、あれだけで倒せる威力を孕んだ拳。
「まあまあだな。なんか少し違和感あるが、すぐ慣れるだろ」
……普通こういうのって、こんな早く馴染むものなの?
コイツの場合、色々なことが基準にならないから分かんない。
「ツキヒコ、キミどうしてそんなに元気なんだ。その腕に持って行かれた熱量、フルマラソン走破の五倍や十倍程度じゃ利いてない筈だけど」
やっぱり普通じゃなかったみたい。
ただでさえフィジカルお化けだったのに『双血』で更に強化され続けて、この始末。
人間離れも大概にして欲しい。
「よォし。我が右腕も無事に再誕を遂げたことだ、冒険を続けようぜ野郎ども」
誰が野郎よ。
この面子アンタ以外、女しか居ないんだけど。
「と、いや待った。忘れるとこだった」
階段へと向けた踵を返して、おもむろに階層の中心部へ向かう月彦。
首を傾げながらも着いて行くと、ある一点で立ち止まる。
その足元には、私に斬り落とさせた
「そら喰え」
「なっ」
思わず声を上げてしまった。
何する気、と尋ねる暇も無く、逆手に構えた
「ただ捨て置くのも偲びねぇ。どうせなら養分として再利用だ」
血と肉を啜り、脈動する蓬莱。
クリーチャーを斬り裂いてエネルギーを奪う時とは、どこか違う反応。
やがて腕は骨と皮だけに乾涸び、ぼろぼろと崩れる。
それを見とめた月彦は満足そうに口の端を吊り上げて、今度こそ階段へ向かい始めた。
「……当座、ツキヒコのハーレム入りは見送るべきかな」
靴音の波紋する石段を下りながら、ぽつりとヒルデガルドが呟く。
「ボクの手に余る気がしてきた」
賢明な判断だと思う。
アイツは誰かが飼い慣らしたり、思い通りに動かしたり出来るような手合いじゃない。
食べても食べても満たされない、飢えに飢えた怪物。
物凄く控えめに例えるなら、そういう男。
どれだけ傷を負おうと血を流そうと怯みもせず、死すら意にも介さず進み続ける。
およそ世間一般の価値観と剥離した、滅茶苦茶な在り方。
――だからこそ、重荷にはなりたくない。
月彦が右腕を落とす羽目になったのは、私を庇った所為。
身体能力を底上げする最高ランクの防具を纏ってさえ、相手が深層のクリーチャーとなると、元が非力な私じゃ近接戦での太刀打ちは難しい。
高火力攻撃担当の後衛だから、なんて薄っぺらな言い訳をするのは簡単。
でも次は腕だけじゃ済まないかも知れない。今度こそ命を落とすかも知れない。
もしもそうなったら、きっと私は死ぬまで――いいえ。
「例え死んでも、私は私を許せない」
なら、どうすべきか。
考えるまでもない。
いつでも使えるよう、圧縮鞄じゃなく胸元に仕舞っておいた
封蝋が捺された、掌に収まるサイズの小さな
スキルペーパー。限りあるスロットをひとつ埋める代わり、ピンからキリまでの多種多様過ぎる異能を使用者へと与えるアイテム。
…………。
決めた。
「月彦。お願いがあるんだけど」
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