578・Rize






 重く鋭利な破裂音。

 こめかみに衝撃を受けたリシュリウ・ラベルが、頭を跳ねさせる。


「ったぁ、い」


 一回、二回、三回。

 立て続け弾かれ、指一本分、宙に浮く白い輪郭。


 それをと気付いたのは、遅々と振り抜かれた黒剣が、四発目を両断した後。


「……ああ。がらす、ですか。どうして、あのこが、じゃまを」


 でも一体、誰が、どこから。

 船上にも海上にも空にも、射手らしき姿は見えないのに。


「まさか……陸地から?」


 呟いて、有り得ない、と否定する。

 ここは最も近い島すら二千キロ以上、大陸部に至っては軽く六千キロ離れた太平洋の只中。

 人間一人を狙い撃つには、あらゆる意味で遠過ぎる。


 然れど。


「……なんにせよ命拾いね。今なら宝くじで一等とか当てられそう」


 方法も相手も、考察は取り敢えず捨て置く。

 奇跡めいた二度目の幸運。溺れかけた深海で、泡に包まれたかの如き心地。


 予期せぬ雲間、降り頻る光明。死を受け容れるには、まだ早かった模様。

 鉛に似た諦観を振り払い、ひとつ息を入れる。


 ──樹鉄刀ごと手を掴まれたのは、そんな瞬間。


「え……」


 酷い失血で氷じみて冷たくなった、月彦の指先。

 樹鉄刀が形を解き、枝や根を伸ばすかのように、彼の五体を覆って行く。


「リゼ」


 張り詰めるアラクネの糸で舌を動かし、私を呼ぶ。

 その囁きだけで、心が凪いだ。


「寄越せ」


 何を、と問い返すにも及ばない。

 そして呆れ返る。斯様な有様にも拘らず微塵も折れていない、異質な精神強度と執念に。


「りょ」


 止める気は無い。好きにすればいい。

 ただし。


「今回は流石に交換条件。私の頼みも聞きなさいよね」


 欲しいものがあるの。

 より正しく述べるなら、貴方に贈って欲しいものが。


「買って。ウェディングドレス」


 結婚式それ自体に憧憬の類は無いけれど。花嫁衣装だけは一度、着てみたかった。


 なんとなく頭に浮かんだのは、綺麗な黒地で、透けるくらい薄地の仕立て。

 選ぶなら断然、白よりも黒。

 寄り添った時、月彦の色に溶けるから。


「その前に死んだら、泣くわよ」


 停まりかけた心臓が不整脈を打つ胸に、掌を押し当てる。


「『呪胎告知』」


 蠢く樹鉄刀へと、呪詛を注ぎ込んだ。





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