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〈忙シナイ奴等ダ〉
そんな呟き声に乗り、吹き荒ぶ暴風。
述べ数百棟のビルを巻き込み、ミルクよりも濃い白煙諸共、払い飛ばされる。
当然、俺達が立っていた一棟も、だ。
「ヒルダ。リゼを」
素早く『豪血』の赤光を動脈に伝わせ、虚空を駆ける。
蒐めたエネルギーこそ撃ち尽くしたとは言え、未だ俺の体温は六千度以上。
もし『鉄血』を緩めれば、その瞬間に塵も残さず溶け落ちる高熱。
必然、いつものようにリゼを抱えることなど能わず、単孤にて身を翻した。
なんともはや。ストレスだな。
「ううぅぅるるるるるるるる」
赫夜の構造を弄り、随所にエアダクトを設ける。
使い残しのエネルギーで吸気と排気を行い、熱を吐く。
──セ氏、四十三度まで低下。
平熱よりは少し高いものの、まあ誤差だろ。
不要となった『鉄血』を一旦解き、破壊を免れたビルに飛び移る。
振り返れば、リゼの手を取り此方へ向かって飛ぶヒルダ。
五十鈴は……俺より先に到着済み。
「速いな」
「房有神術、能縮地脉、千里存在、目前宛然、放之復舒如舊也。出神仙傳」
太平広記か。博識さんめ。
尤も、本当に縮地を使ったワケではあるまいが。
にしても。
「ほんの溜息が、まるでハリケーン」
根本から存在のスケールが違う。
動くだけで、喋るだけで、息をするだけで、周辺一帯に甚大な爪痕を刻んでいる。
「どう切り崩すべきか」
…………。
なんて、な。既に答えは手の内に有り。
今し方の攻撃で理解した。
生半な火力じゃ、妖狐には何の痛痒も与えられん。
打てる策など、考え得る限りひとつだ。
「ねえリゼ。キミと繋いでた方の義手、掌が焦げてるんだけど」
「元々でしょ」
「嘘が雑! これ明らかに『消穢』の拒絶反応! 普通に傷付く!」
「……月彦以外の男に触ると、大体そうなるのよ」
「僕、女ですけど!?」
忿懣を表すかの如く、宙で暴れるヒルダ。
討伐不可能クリーチャーを間近としながら、大した肝っ玉。一周回って頼もしいぜ。
と。そんな感慨は脇にでも置いといて。
「リゼ」
「ん」
褪めた顔色で、しかし平然を装い、俺と向き合う相方。
「『次元斬』を撃つまで、どのくらい掛かる」
「……二十……いえ、十五秒ちょうだい」
「上等」
アレを相手に十五秒、か。
重ねて、臨月呪母に呪詛を注ぎ始めたら、リゼは制御にかかりきりとなるだろう。
ヒルダも、この想像世界を維持するためにリソースの多くを割いている。
即ち。
「五十鈴。行くぞ」
実質二人で、あの妖狐を抑えなければならない。
存在を感じるだけで、全神経が特大の警鐘を掻き鳴らすバケモノを。
「ハハッハァ」
燃えるね。頗る。
「豪血──鉄血──」
「──『深度・参』──」
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