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 ボコボコと傷口から湧いた泡が妖狐の損傷を埋め、元通りに塞ぐ。


 まさかの高速再生持ち。一フレーム毎に難易度を上げてくれやがる。

 なんと旺盛なサービス精神。その調子で頼むぜ。

 こちとらオーダーは、ルナティック一択だ。


〈……愚カナ……ワタシニ擦リ傷ヲ与エタ程度デ……!!〉


 俺の笑みを勝鬨のそれと誤認したのか、瞳孔を窄める妖狐。

 噛み締めるあまり軋む牙。喉を震わす唸り声。

 奴さんにとっちゃ微々たるダメージだろうに、立腹具合が大袈裟極まる。


「ところで、お狐さんよ。ひとつ聞いときたいんだが」


 怒気が招いた乱気流をいなし、宙を跳ね回りつつ問答を手向ける。


「尾を奪われた。そう言ったよなァ?」


 恐らく額面通りの意味には非ず。

 俺の見立てが正しければ、あの八本の尻尾はだ。


 即ち。妖狐は一度、殺されている。


 そして。そんな所業が適う雌とやらの心当たりは、知る限り二人しか居ない。


「どっちに殺られた?」


 胴に足刀を振るう。

 幾ら叩き込んでも手応えすら感じなかった毛皮を引き裂き、煮えた血が飛び散る。


 嘗て妃陽丸の欠片を喰らった樹鉄刀は、事象をも断つ魔刀。

 ただ刃筋の立て方を誤っていた。属性エレメンタルなどの不定形を斬るには、少しコツが要る。

 どんな名刀も、握る者の扱いが粗末ならば大根一本ロクに斬れやしないのと同じ理屈。


「白髪の盲目か?」


 七十七回の跳躍を経て妖狐の正面に陣取り、四つ足に近い姿勢で屈む。


「額に疵のある総髪か?」

〈────ッッ〉


 陽炎のように揺らめく黄金の体毛が、ぶわりと逆立つ。

 不愉快な顔を思い出した、とばかりに。


 そうか。


「彼か」


 滲む喜悦。半ば独りでに笑いが込み上げる。


「となると、やはりあんな氷像じゃ脆過ぎて本領を引き出せなかったんだな」


 世間の情報なんぞアテにならん。

 何が手も足も出ず敗れた、だよ。


 キッチリ一回、仕留めてるじゃねぇか。


「ハハッ、ハハハハッ……ハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」


 胸懐の奥底より漲る気炎。

 実に燃えるね。


 彼が。斬ヶ嶺鳳慈が成し遂げたのであれば、俺も続かねばなるまい。

 いちファンとして。聖地巡礼、的な。


〈気デモ狂ッタカ! オレヲ前ニ笑イ転ゲルナド!〉

「あァ!? 何を当たり前のこと抜かしてやがる!」


 女隷の背面、カシマレイコの脊柱からヒルコを抜く。


「イカレてなけりゃ、此処には居ねェよォッ!!」


 赫夜で覆った手首へ突き立て、呪詛を流す。

 脈打つ樹鉄。赫夜が、更に形を変える。


「『呪縛式・理世』」


 膨れ上がる輪郭、人狼に似たフォルム、呪いにより禍々しく塗り潰されるエネルギー。

 内部の其処彼処で俺へと噛み付く鎧の胸を殴り付け、立場を思い知らせる。


「呪血──錬血──」


 重ねて。赤光と青光の伝う表面に、黒と白を混ぜ合わせた。


「──『深度・参』──」





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