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 じっと此方を凝視する、淡い紫色の双眸。

 悲喜の織り混ざった、今にも泣き出しそうな眼差しで微笑む、作り物めいた美貌の細面。


 いや。作り物だったな、実際。


「────」

「は?」


 などと見たままの感想を胸中で並べていたら、まさかの本当に泣き始めた。

 嘘だろセンセー。リゼが横でチベットスナギツネそっくりな目をしてやがる。

 やめろやめろ。俺が泣かせたみたいな空気を作るな。


「……ご……ごめんなソーリー?」


 でも取り敢えず謝っとこう。誠心誠意。


 そして、だ。アイサツを受けた以上、礼を以て応じなければスゴクシツレイというもの。

 泣き止むまでの尺稼ぎになるかもとか、そんな打算も少々。


「よろ」


 シェイクハンドは世界共通。

 気分次第で相手の掌を握り潰すのも可。


 ちなみに現状、素の握力は二トン前後。

 探索者シーカーとなる以前の概ね十倍。習得当初の『豪血』発動状態のそれに比肩しつつある。


 先日のハガネとの衝突時と比べても肉体性能。

 瞬間的な『深度・参』を繰り返したことにより蓄積した過負荷の回復に伴い、フィジカルが跳ね上がった次第。


「手袋、外しなさいよ」

「ン。こいつは失敬」


 閑話休題。

 リゼに尤もな指摘を受け、リテイク。


 涙を拭っていたコピーアウト──フェリパ女史は何故か暫しの間、差し出した右手を呆然と眺め、固まって。


「…………よ……」


 再起動を遂げた後、壊れ物でも扱うかのように、両手で包み込んで。


「……よろたん、うぇーい……」


 優に四半世紀は前のパリピが如しムーブを返しあそばされた。

 確かにアンタの生前は、そういうノリが未だ現役だったのかも知れんけど。






「で」


 些少なり落ち着いた頃を見計らい、ふと浮かんだ疑問を切り出す。


「長らく眠りに就いてた挙句、気付けば行方を眩ましてたアンタが、なんでこんな所に居るんだ?」


 手近な死体に向け、沈痛な面持ちで十字を切っていたフェリパ女史が、ゆるりと振り返る。

 涙はもう、乾いていた。


「貴方との約束を、果たしに来ました」





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