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「──フォーマルハウト」
俺に向けていたものとは打って変わった、冷たく平坦な声音。
祝盃代わりだろう、死骸から穿り出した心臓を絞り、滴る血を啜っていた人竜が、赤黒く濡れた唇を舐め傾首する。
〈随分ト気安ク妾ノ名ヲ呼ブ〉
どうでもいい話だが、クリーチャーの中には稀に自ら名を称える種が在るとか。
超過種だったかなんだったか……詳しいところは、よく覚えちゃいないが。
そして確かフォーマルハウトは、非常に希少らしい、その類だった筈。
故、第一発見者から勝手に命名された他の連中とは名に対する意識が異なるのだろう。
うん。マジどうでもいい話だわ。
〈マア良イ。妾ハ今、久方振リニ枷ガ外レテ寛大ダ。妾ノ姿ヲ見、声ヲ聞キ、言葉ヲ交ワス無礼ヲ許ス〉
その言葉に連れ立つ形で、徐々に階層全域が凍て始める。
取り戻した力の余波。魔界都庁深層部、星夜エリア固有ギミックの氷原化。
大半の生物にとって致命的な弱点と呼べる極低温を齎す、半端に手の込んだ罠より余程悪辣な環境。
「寒っ……『
肌を刺す冷気に耐えかねたらしく、肉体を幽体へ転換、流れるように亜空間へと隠れるリゼ。
成程。だから星夜エリアなのか。安直かと思いきや、中々に洒落の効いたネーミングだ。
「絶凍竜妃フォーマルハウト」
目を据わらせたフェリパ女史が、再び人竜の名を紡ぐ。
「三十三年前に交わした約定を、覚えているか」
〈……ソレハ〉
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