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 現状、コンディションはボチボチってとこか。

 フォーマルハウトを平らげ、全快の四割前後には回復した。


 正直助かる。戦闘中、動く度に身体が崩れ行くのは結構なストレスだ。

 尤も、そういうゲームと捉えれば、それはそれで楽しめる部分もあるか。


「じゅけつ『しんど・に』」


 白亜の化身と呼ぶべきリシュリウの肌身に、相反する黒い光輝が混じる。


 併せて捻れ始める、俺の五体。

 奴に対する敵意を媒介とし、内側から骨肉を蝕む呪詛。


「あァ鬱陶しい!」


 腹立ち紛れに叫び、敢えて集中を断ち、リシュリウへの意識を散らす。

 生憎、年季が違う。己がスキルの性質や対処法くらい熟知してる。


 ……と、言いたいところだが。どうも承知の上で『呪血』を使われた模様。


「ひらひらひらひら、蚊トンボみてぇに逃げ回りやがって」

「ふふふふふっ」


 弐より先には深度を上げず、攻撃も散発的。

 本気が、まともに斬り合う気概が、まるで感じられない。


 果たして何が目的なのか。

 時間稼ぎ? 時間を稼いでどうなる?

 何かを待ってる? 何を待ってる?


「どーすっかな……」


 兎にも角にも、あちらさんの消極的姿勢には辟易するばかりだ。

 こちとらを回避すべく、急いでるってのに。


「参るぜ」


 いっそ此方から仕掛けるかと考えるも、向こうの思惑が気になる。

 今は動かず様子見に徹した方が、俺にとって好都合ではないのか。


 ……早めにアクションを起こし下さるよう願おう。

 俺は我慢弱いんだ。






 事態が動いたのは、素数を二千二十七まで数え上げた頃合。


「ン──」


 のらりくらり適当な受け攻めを繰り返され、いい加減に堪忍袋の緒がブチブチ裂け始めてた最中、遥か後方で鳴り渡った不協和音。

 振り返るにも及ばず。完全索敵の射程内だ。


「割と手間取ったな、五十鈴の奴」


 溶け崩れる断絶領域。

 直径十キロは下らぬドームの中心付近で膝をつき、荒く呼吸を重ねる勝者の姿。


 ──背骨に蛇が絡んだような怖気を感じたのは、それを認知した直後。


「あはぁっ」


 耳にコールタールでも流し込まれたのかと錯覚するような、粘ついた笑い声。


「そう。そう。そう。あのしきりが、じゃまだったの」


 今こそ待ち侘びた瞬間だと言わんばかりの、歓喜に満ちた声音。


「かわいい、こ。わたしの、こ」


 そこで漸く、リシュリウの目論見に思考が行き着く。

 しかしながら。既に手遅れ。


「にくをすて。ほねをすて。わたしの、たもとに、かえりなさい」


 大仰な所作を添え、打ち鳴らされるフィンガースナップ。


「……あー、くそ、しまった。そうか、そうだな、その手があった」


 ゼウスとの戦いにて致命傷を受けた過去と差し替えられ、倒れ臥す五十鈴。


「さあ。はじめましょう、か」


 緩やかに右眼を塞ぐリシュリウ。


「ここからが。あなたの、だいすきな、ころしあい、ですよ?」


 数拍を挟み、再び開かれた瞼。

 その奥、真黒な強膜に縁取られた瞳は──青色から黄金へと、移り変わっていた。





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