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動脈に灯った赤が消える。
静脈に灯った青が消える。
──否。それだけではない。
女隷も、樹鉄刀も、揃って沈黙。
リゼの血と果心の加工により、幽体化を施した上で亜空間に隠れたアラクネの粘糸までもが、この位相へ実体と存在を引き摺り出される。
語るに及ばず、リシュリウが五十鈴から奪い取った魔眼のチカラ。
名は忘れたが、曰く、あの瞳に捉われている限り、あらゆる異能は活性を失うとか。
加えて五十鈴は、敵と定めた相手を捕捉し続けるスキル『ロックオン』も併せ持つ。
邪視から逃れるのは至難。取り分け、ここのような開けた場所では、不可能に近い。
しかもだ。俺が思い起こせる限り、リシュリウは一度も瞬きをしていない。
ドライアイ気味だった五十鈴と違って、隙は望めそうもない。
つまり──ここからは、己自身の性能だけが寄る辺。
スキルどころか、アラクネの粘糸も、樹鉄も、人竜因子も、単なる飾り。
「ごうけつ」
鉄球を握り潰し、ブルドーザーを殴り飛ばし、水上を駆け回り、銃弾を掴み取る。
皮膚はチェーンソーくらいなら受け付けぬほど頑強で、骨肉や内臓は更に丈夫。
俺の素の身体能力は、概ね難度四あたりのフィジカル型ダンジョンボスと同程度。
そこに技術を重ねることで、難度九までなら、ほぼスキルを用いずとも降せる。
「『あくせる』」
が。如何に弱くなったとは言え、リシュリウの脅威度は難度九など数段凌ぐ。
延いて五十鈴のチカラも余さず加わったとなれば、プレーンの俺が敵う相手ではない。
「ッちぃ!」
軌道を読み取り辛うじて弾くも、すかさず過去を差し替えられ、脇腹に切創が奔る。
──アラクネの粘糸ごと斬られた。
──血を浴びたにも拘らず、女隷が治らない。
「『よもつひらさか』」
更に四度、四方より襲い来る切っ尖。
──避けようとも捌こうとも、過去の差し替えで身を刻まれる。
──剣に付された『死』が傷口を腐らせ、骨肉を蝕む。
「お」
だらりと左腕が垂れ下がる。神経が壊死した。
厄介だな『黄泉比良坂』。ゴキブリ並の生命力が無ければ、掠っただけで死にそうだ。
「ふふふふふっ。『し』に、ふれて、そのていどとは。がんじょう、ですね」
傷を抉り、或いは噛み千切り、腐敗の進行を防ぐ。
回避も防御も無意味とは、我がスキルながら反則が過ぎるぞ『ウルドの愛人』。戦闘で使わなくて良かったと、つくづく思う。
てか、どうすりゃいいんだ、こんなもん。
ハッキリ申し上げて、まともな対処法が思い付かん。
…………。
「くくっ。いいねェッ」
だからこそ、滾る。
この圧倒的劣勢が、心地良くて堪らない。
「本日二度目のジャイアントキリング。大盤振る舞いだァな、えぇ?」
振り返ってみれば、格上を格上のまま斃したのは、たぶん八尺様との初戦が最後。
アステリオスの時も、ハガネの時も、結局は奴等を超える形で勝ちを収めてるし。
「ワクワクさせてくれるぜ」
筋肉の収縮で出血を止め、役立たずの左腕は邪魔ゆえ肩口から引き抜き、喰らう。
フォーマルハウトと違って美味くはないが、栄養補給にはなる。
「ふうぅぅぅぅるるるるるるるるるっ」
今や『豪血』を使わずとも、直径一キロ以上にまで広がった完全索敵領域。
識覚を最大限に尖らせ、拾い集めた全ての情報を、仔細逃さず呑む。
「生憎、詰みまで時間がねぇんだ」
距離と移動速度を考えれば、猶予は精々あと数分か。
「フルスロットルで行かせて貰う」
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