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フランベルジュから一瞬だけ手を離す。
力業で塞いだ傷口から既に流れた血を、掌に掬い取る。
「『水月』」
青い滴りを礫と成し、振りかぶって撃ち放つ。
十七の雫に分かれた飛沫が一滴残らずリシュリウを射線上に捉え、遷音速で迫る。
「チッ」
我ながら稚拙極まる投擲。こんなザマでは五十番台階層のクリーチャーすら屠れまい。
けれど奴は対処せざるを得ない。
これを無防備で受け止めるには身体が軟過ぎるし、軽過ぎる。
宙に置いたフランベルジュを掴み、踏み出した。
「シャァアッッ!!」
狙いはリシュリウが黒剣で『水月』を払う際に生ずる間隙。
太刀筋へ拳打蹴撃を織り混ぜ、内部破壊の一撃を七つ、叩き込む。
「こほっ」
血を伴う咳。数歩の後退。
追撃はしない。次の切っ尖が届くより、奴の差し替えの方が早い。
「……さっきまでと、たたかいかたが、いっぺんしました、ね」
スーツを払う所作と共に無傷の過去へと差し替え、抑揚無く言葉を紡ぐリシュリウ。
そりゃ隻腕になれば戦闘方式も最適化させるさ。
ま、そもそも俺は型だの構えだの攻撃のリズムだの、気分次第で刷新するタイプだが。
「『水月』」
再び飛沫を撃ち、初動を潰す。
底知れぬ相手とは言え、こちとら完全索敵領域の内側で起こりを見過ごすほど間抜けじゃない。
──今まで真面目に考えたことは一度も無かったが、もし『ウルドの愛人』を戦闘に持ち出すとするなら、弱点は発動工程の多さだろう。
過去視を行い、望む結果に最も近い可能性を選り分け、差し替えを為す。
複雑な交換ほど選別の難易度は上がり、必然的に時間が掛かる。
つまり空白を置かず只管に攻め、先の先を掻っ攫い続ければ、その暇を与えず済む。
勿論、根本的な解決にはならんが、下手な嫌がらせよりは効果を見込める筈だ。
「──いい、ですね。じつに、じつに」
「あァ?」
剣戟を重ね、一手一手、つぶさに機先を制す。
「すきるを、ふうじられて、なお。わたしの、うごきを、みきっている」
しかし、所詮は速度も膂力も、スキルで強化出来る彼方側が遥かに上。
「ほしい」
そして俺自身、変化の乏しいシチュエーションに、早々と飽きた。
「あなたが、かんぜんさくてきりょういきと、よぶ、かんぺきな、しきかく」
止め損ねた、正しくは止めなかった一刀。
肩から腰にかけて、袈裟懸けに斬られる。
否。斬らせる。
「わたしは。それが、ほしいの、ですよ」
避けたところで、防いだところで、差し替えられてしまうのが関の山。
故に、敢えて躱さず──代わりに、左眼を抉ってやった。
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