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例え一線級の
そいつを二度、俺へ向けたと、悪意皆無で告げるヒルダ。
とどのつまり、コイツにとっちゃ缶コーヒーでも投げ渡すに等しい行いだった。
そーゆーワケだ。
「ぅるる」
確かに、あの程度で斃されるようなら、アステリオスどころか弱体化が著しかったフォーマルハウトにさえ百パー勝てん。
仮に死んでたところで、その場合、悪いのは対処出来なかった俺の方。
声を荒げて責め立てる気は無い。みっともねぇし。
「成程な……成程、なァ」
差し当たり状況を飲み込んだ俺は、頷きつつ思量する。
――何故、ヒルダがシンギュラリティなんちゃらの危機を、わざわざ俺に報せたのか。
――そもそも本人曰く、十二時間前までロシアの山奥に居た筈のヒルダが如何にして、それを知ったのか。
正味の話、疑問は多々浮かぶ。泉の如く。
しかし、だ。
取り敢えず今は、どうでもいい。
「いいのか? いいよな? いいんだよなァ?」
半ば独りでに吊り上がる口角。
がりがりと、コンクリートを引っ掻く。
「ケンカ売ってるって解釈で構わねぇんだよなァ? 曲がりなりにも俺を殺そうとしたんだ、そっちが殺されたって文句は言えんよなァ?」
脳裏に甦る、ヒルデガルド・アインホルンとの最初の逢瀬。
半端なところで水入りとなった衝突。不完全燃焼のまま流れた喰らい合い。
「あの時の続き。ヤろうぜ」
ヒルダは微笑んだまま、しかし覇気を張り詰めさせる。
併せて静かな昂りが、俺の五体を満たして行く。
こうなっては最早、俺自身ですら俺を止められない。
否。元より抑える気など、微塵も無い。
唯一人この衝動を御せるリゼも、今は居ない。
戦闘系スキル使用など以ての外な市街地?
人犇めく百万都市のド真ん中?
――知ったことか。
「チッ……樹鉄刀を持って来りゃ良かったぜ」
ま、無い物ねだりなぞ時間の無駄。過去を差し替えてまで持ち出す気も湧かんし。
何より此度は前と違い、武器ならある。
「……それは」
身体の向きを戻したヒルダが、僅かに目を細めた。
その視線の先には、圧縮鞄から覗く輪郭。
禍々しいフォルムを呪詛の残穢で揺らめかす、つい昨日までメンテ中だった異形の大鎌。
故、所有者の意思ひとつで手元へと喚び出せるリターン機能は、一時的に切られてる。
「面倒臭がったリゼに受領を押し付けられたのが幸を奏したな」
手間賃だ。ちょいと借りるぞ、臨月呪母。
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