351






 例え一線級の探索者シーカーだろうと、よほど戦闘能力に恵まれていなければ即死は免れなかった一発。

 そいつを二度、俺へ向けたと、悪意皆無で告げるヒルダ。


 とどのつまり、コイツにとっちゃ缶コーヒーでも投げ渡すに等しい行いだった。

 そーゆーワケだ。


「ぅるる」


 確かに、あの程度で斃されるようなら、アステリオスどころか弱体化が著しかったフォーマルハウトにさえ百パー勝てん。

 仮に死んでたところで、その場合、悪いのは対処出来なかった俺の方。

 声を荒げて責め立てる気は無い。みっともねぇし。


「成程な……成程、なァ」


 差し当たり状況を飲み込んだ俺は、頷きつつ思量する。


 ――何故、ヒルダがシンギュラリティなんちゃらの危機を、わざわざ俺に報せたのか。

 ――そもそも本人曰く、十二時間前までロシアの山奥に居た筈のヒルダが如何にして、それを知ったのか。


 正味の話、疑問は多々浮かぶ。泉の如く。


 しかし、だ。

 取り敢えず今は、どうでもいい。


「いいのか? いいよな? いいんだよなァ?」


 半ば独りでに吊り上がる口角。

 がりがりと、コンクリートを引っ掻く。


「ケンカ売ってるって解釈で構わねぇんだよなァ? 曲がりなりにも俺を殺そうとしたんだ、そっちが殺されたって文句は言えんよなァ?」


 脳裏に甦る、ヒルデガルド・アインホルンとの最初の逢瀬。

 半端なところで水入りとなった衝突。不完全燃焼のまま流れた喰らい合い。


「あの時の続き。ヤろうぜ」


 ヒルダは微笑んだまま、しかし覇気を張り詰めさせる。

 併せて静かな昂りが、俺の五体を満たして行く。


 こうなっては最早、俺自身ですら俺を止められない。

 否。元より抑える気など、微塵も無い。

 唯一人この衝動を御せるリゼも、今は居ない。


 戦闘系スキル使用など以ての外な市街地?

 人犇めく百万都市のド真ん中?


 ――知ったことか。


「チッ……樹鉄刀を持って来りゃ良かったぜ」


 一桁シングルランカー交流会の時といい、肝心な場面で空手は些か萎える。


 ま、無い物ねだりなぞ時間の無駄。過去を差し替えてまで持ち出す気も湧かんし。

 何より此度は前と違い、ならある。


「……それは」


 身体の向きを戻したヒルダが、僅かに目を細めた。


 その視線の先には、圧縮鞄から覗く輪郭。

 禍々しいフォルムを呪詛の残穢で揺らめかす、つい昨日までメンテ中だった異形の大鎌。

 故、所有者の意思ひとつで手元へと喚び出せるリターン機能は、一時的に切られてる。


「面倒臭がったリゼに受領を押し付けられたのが幸を奏したな」


 手間賃だ。ちょいと借りるぞ、臨月呪母。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る