280・閑話8






 探索者支援協会鳴沢支部。

 管轄ダンジョンの不人気さから、数ある支部の中でも特に人の出入りが少ないそこで働く職員の男は、今日も退屈そうにデスクで頬杖をついていた。


「ふああぁぁっ……」

「おい、一応仕事中だぞ。せめて口を押さえろよ」


 大欠伸に対する同僚の苦言も、どこ吹く風。

 佇まいを直すどころか、ちっちっと小さく舌打ちし、益々だらける始末。


「どうせ暇なんだ。いいだろ別に」


 主な仕事と言えば単調なデスクワークと、たまに来るアタック申請の受理くらい。

 時折、カタストロフ発生を防ぐための削りとして探索者シーカーを招く際は少しばかり忙しくなるも、事務室に五人居れば滞りなく片付く程度。


 それだけでそこそこの給料が貰える上、国営企業という、まず潰れる心配の無い職場。

 人によっては理想の環境とさえ呼べよう。気概を欠いた職務態度も頷ける話だ。


「ふああああぁぁっ」


 漫然とした物足りなさを無気力な瞳の奥に宿しつつ、再び大欠伸をかます職員。

 同僚の呆れ混じりな溜息が、がらんとした室内でユニゾンする。


 ――唐突に。甲高い電子音が、そこへ割り込んだ。


「おん?」


 出所は、事務室の一角を占める計器類。

 併せてデスク上に自動表示された空間投影ディスプレイ。

 それに並ぶ数字を眇める職員達の目が、段々と見開かれて行った。


「ゲート周辺のエネルギー値の低下……今朝、点検した時の半分以下だ」

「お、おい。こいつぁ、まさか」


 攻略反応。

 だがしかし、有り得ない。


「冗談よせって。今あのダンジョンに居るのは三人だけ。しかも潜ったのは、ほんの二週間前だ」


 数も時間も、難度八最難関とまで称された青木ヶ原天獄を征するには全く足りない。

 そんな代物を一体どうすれば、この短期間で、片手の指も余るような寡兵で、食えると言うのか。


「機械の故障だろ。そろそろ耐用年数いっぱいだし、替え時か」

「ああ……だよ、な。そうだな、おう……業者に、見積もり依頼出しとく」


 妙な期待感を覚えつつも、常識的な判断として、そう結論付けた二人。






 聴いたことの無い異音がエントランスで鳴り渡り、大穴の穿たれた空間から三人の探索者シーカーが姿を現したのは、この数時間後のことだった。





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