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「ふーっ……すうぅ……」


 立ち止まり、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、リゼは得物を振りかぶる。


 ここからでも見て取れるほど震えた刃先。重心が全く据わっていない。

 確かに大鎌という武器は凄まじく不安定な形状だが、それを手足同然に扱うリゼらしからぬ稚拙。

 案の定、まともに構えることも出来ないレベルで疲労が尾を引いている。


 ――故に。大鎌が脈打ち、膨れ始めた光景を捉えた瞬間、流石に目を疑った。


「リゼ……?」


 まさか『呪胎告知』を撃つつもりか。

 しかし、どうして。弱った身体に更なる消耗を強いてまで使う理由など見当もつかん。


「ぐっ、う」


 よろけて片膝つき、苦悶の声を押し殺し、それでも大鎌に呪詛を注ぎ続けるリゼ。

 そうやって平常時の何倍も時間をかけ、やがて終わる装填。


 いつもより制御が甘いのか、今にも四散しそうな危うい揺らぎを帯びた呪詛。

 けれどリゼは手綱を離さず、再び立ち上がり、大鎌を構え直す。


 そして――


「――――ああぁぁぁぁああぁぁっっ!!」


 獣じみた咆哮と共に『呪胎告知』――『処除懐帯』を放った。


 狂った笑い声に似た風切り音。

 赤とも黒ともつかない三日月が天井目掛けて飛び、その最中で幾重にも千切れ、八方を好き勝手に飛び始める。


 耳障りな嬌声を撒き散らし、暴れ回る兇刃たち。

 一方のリゼは『幽体化アストラル』で斬撃に取り憑き、操ろうと悪戦苦闘。


 少々の間を挟み、どうにか主導権を得たのか、秩序立った太刀筋を描く十三の軌跡。

 それ等は全く同じ一点に全く同じタイミングで収斂、衝突する。


 刹那――聴いたことの無い音が、鼓膜を突き刺した。


「ッ……?」


 形容の困難な、例えすら思い浮かばない奇天烈な音色。

 併せて虚空を奔る、何本もの深い亀裂。


 亀裂同士は繋がり、合わさり、勢いを増して広がり、やがて空間自体を割り砕く。


 その先には。ここではない、別の景色が広がっていた。


 …………。

 ああ。そういうことか。


「はーっ……はーっ……ん……開通。無事に、と、繋がったわ……あー、もー、しんど」


 ホント、愛嬌以外はパーフェクトな女だぜ。






「ちょっと、早くしなさいよ。そう長いことは開けてられないんだけど」


 褪めた顔色で大鎌の切っ尖を引き摺り、空間に穿たれた穴の縁へと手を掛けたリゼが、此方を振り返る。


「……ねえ、ツキヒコ」


 ひとまず言われた通り、後に続こうと前へ出たら、呆けた調子で俺を呼ぶヒルダ。

 なんじゃらほい。


「一億ユーロ用意する。どうか彼女を譲ってくれないかな」

「俺の前で金の話をするんじゃねぇ。この返し二度目だぞ、同じこと何度も言わすな」


 第一、そういうのは本人を直接口説けや。

 リゼを俺の所有物とでも思ってんのかよ。





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