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 まだ年度が変わったばかりとあって、今日の講義は一コマだけ。

 なので暇潰しにリゼの所へ顔を出すことに。


「リーゼーちゃーん。あーそびーましょー」

〔……馬鹿なノリやってんじゃないわよ〕


 ここ二日三日、とある事情でマンションに閉じ篭ってる我が相方様は、インターホン越しの溜息後、エントランスを解錠。

 エレベーターで部屋の前まで行くと、タイミング良く扉が開けられた。


「なんだ、千里眼でドアの外を見てたか? 色々便利な技が使えるようになったよな」

「御託はいいから早く入りなさい」


 へーい。






〔新着メッセージが届いています。新着メッセージが届いています〕


 ガラステーブルに置かれていたリゼの腕輪型端末。

 一桁シングルランカーとなったことで専用モデルに交換されたそれが、無機質な合成音声を繰り返している。


 ちなみに俺の端末も、おろしたての二桁ダブルランカー仕様。

 前と比べたら品質も材質も随分違う。しかも細かな装飾付き。


 うん。至極どーでもいいわ。


「ホント、うざったいわね……」


 メッセージの表示もせず、辟易した様子で音声通知を切ったリゼが、腕輪型端末をクローゼットに仕舞い込む。

 次いでクッション山盛りのベッドに身を投げ、ちょいちょい俺を手招いた。


 どうした、と寄ってみれば、そこに座れ、と枕元を指差される。

 言われた通りにしたら、無造作に掴んだクッションで此方の膝や腹をぽふぽふ叩き始めた。


「んだよ」

「八つ当たり」


 あれま正直。

 が、やめて貰おうか。埃が立つだろ、お前と違って俺は普通に吸っちまうんだぞ。


「もうイヤ。息詰まりそう」

「外の空気と日光でも浴びろ」

「冗談でしょ」


 別段、冗談のつもりは無い。

 そりゃ、今コイツを取り巻く状況は分かってるつもりだが、な。


「篭りきりだと却って気が滅入る。昨日だって一緒に来れば良かったんだ」


 つむぎちゃんを連れ、横浜の水族館までドライブ。

 取材だ勧誘だとしつこい輩は、キッチリ振り切った。

 あの程度で俺のインテに追い付こうとは片腹痛い。半世紀前の旧車と侮るなよ。ちゃんと魔石エンジンに積み替え、馬力も八百まで上げてあるモンスターマシンだ。

 足回りの反応とかクイック過ぎて、たぶん俺以外が運転したら確実に事故るけど。

 や、悪いのは吉田だ。アイツが変なショップ紹介するから、あんな車を買う羽目に。

 そもそもアレ、車検ちゃんと通るんだろうな。


 ――閑話休題。


「アンタとことんバカね。一緒になんて行けないわよ、違う意味で」

「あァ?」


 なにゆえ。


「……まあいい。つーか大学の方は休んで平気なのか? 単位ギリ子さんのくせに」

「単位ギリ子さん言うな。当面オンライン授業に切り替えたわ。課題の量は増えるけど、背に腹は変えられないもの」


 さよけ。






 寝息を立て始めたリゼに毛布をかけてやる。

 なるべく音を立てぬようベッドを離れた俺は、静かにクローゼットを開け、アイツの腕輪型端末を取り出した。


「おーおー、すげぇなオイ」


 未読のメッセージを開けば、出るわ出るわ、探索者支援協会が仲立ちした勧誘文の雨霰。

 送り主は名の知れたDランカーだったり、専属の探索者シーカーチームを抱えた大企業だったり、兎にも角にも大物だらけ。


 しかも、その数、優に百件以上。

 取材や番組出演なんかの依頼も勘定すれば、更に膨れ上がる。


 あ。また一件、新しく届いた。


「俺の十倍ひでぇ」


 …………。

 なんつーか。面倒なことになっちまったなぁ。





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