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「やれやれ……随分と長く険しい旅路になっちまった……」
なんか大学の正門前に勇者がおる。
「特に税関職員が手強かった。あいつら融通ってもんを知らなくて困るぜ」
肩掛けに羽織った、どこか既視感を覚える軍服仕立てのコート。
そいつを棚引かせながら、如何にも聖剣って感じの得物をアスファルトに突き立て、騎士王立ちしてる変なのがおる。
「大使館の連中もパスポート持ってなかったくらいでグチグチ言ってくれちゃって。しょーがないだろ、こちとら異世界帰りだっつの。パスポート持って異世界行く奴が居るなら逆に連れて来てみろってんだ」
うわ馬鹿みてぇ。コスプレなら時と場所を弁えろや。
関わらんとこ。出来るだけ目を合わせず脇を通り抜けよう。
「大体、座標設定を間違えた姫様も姫様……むん? おー月ちゃん! お久しブリ大根!」
話し掛けられちまったよ。嫌だなー。
つーか。まさか。
「……吉田、か?」
「当たり前田のクラッカー! アッと驚く為五郎! ユーのベストフレンドが今、遥か遠いプレイスからカムバックだぜー!」
今にもビームか何か撃ちそうな塩梅で明滅する剣をほっぽり出し、駆け寄って来た今世紀最大のアホ。
「やめい鬱陶しい」
「あじゃぱー!?」
一本背負いの要領で、生垣の上に落ちるようブン投げる。
どうでもいいが、その著しく時代を遡ったパリピ語なんなんだ。普通に喋れ。
「――そんな感じで俺ちゃんは、不死の大魔導師が支配する千年魔導王国を討ち倒し、仲間の七大勇者や十英衆と一緒に全ての事件の裏で糸を引いていた黒幕、神を名乗る巨悪との最終決戦に臨んだワケよ!」
「無駄にスケールがデケェな」
「あの世界の人達を何千年も騙し続けただけあって、とんでもなく強かったぜ。次元を越えたり無から有を創り出したりなんて朝飯前、攻撃ひとつひとつに超新星爆発レベルのエネルギーが篭っててさー」
「滅茶苦茶が過ぎるだろ」
カフェテリアでケーキ片手、土産話を朗々と語る吉田。
普通なら与太郎だと吐き捨てるにも大概な、世界観の剥離も甚だしい内容だが……コイツの場合……うん。
「あ、そだそだ。ほい月ちゃん、これ異世界土産」
「……あァ?」
缶ジュースでも投げ渡す勢いで差し出されたのは、さっき騎士王立ちに使ってた剣。
なんでも終焉を担う聖剣だとか。意味不明。
そも、んなもんを平然と他人に明け渡すなや。
「いーのいーの! どーせ俺ちゃん向こうで力を全部使い切っちゃって、もうビーム一発出すパワーも残ってねーし!」
果たして、そういう問題なのだろうか。
曰く、相応しい敵との戦いの時にしか抜けないらしいが、相応しい敵とやらの具体的な基準を教えろ。
…………。
あー、いいや。小難しいこと考えるのダルくなってきた。
どっちみち俺には樹鉄刀があるし、床の間のインテリアにでもしとこ。
「生憎一緒に使ってた双剣とワンタッチで脱着出来る鎧の方は、送還術の設定座標ミスでドイツに出た時、帰国の世話を焼いてくれたビューティーちゃんのコートと取り替えっこしちゃったけど」
カッコいいだろー、と丁寧な縫製の施された裾を翻す吉田。
……ダンジョン産の素材で織られた、某軍の将校服に寄せた意匠のコート。
んで、ドイツ。
もしや。
「いやーいやいや、ヒルダちゃんにはマジ助けられたわ! もし彼女に会えなかったらヒッチハイクで日本まで帰る羽目になってたとこだし!」
「やはりか」
ヒルダの言ってた面白い日本人て、お前のことだったんかい。
世界って狭っ。
「見てくれよ月ちゃん! このコート、風が吹かなくても自分でバタバタはためく神アイテムなんだぜ! かっけー!」
あの女。仮にも命を預ける装備に、なんつー下らんギミック織り込んでやがるんだ。
……後学のため、どこの業者に頼めばやってくれるのか今度聞いとこう。
あくまで後学のためだ。他意は無い。
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