蒼血の迷宮狂い

300・閑話9

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　ヒルデガルド・アインホルン来日に端を発した、激動の春休み。

　無事それが明け、舞い戻った退屈な日常。

　月彦は未だ冷めやらぬ余韻に胸を燻らせながら。リゼは提出日の差し迫った大学の課題に悪戦苦闘しながら。各々、漫然と日々を過ごしていた。

　故に彼等は当日まで、すっかり忘れていた。

　と言うか、殆ど気にも留めていなかった。

　探索者（シーカー）にとって、一大イベントと呼べる行事のひとつ。

　年二回、四月四日と九月九日に執り行われるセレモニー。

　――Ｄランキングの更新を。

　此度の順位発表で、一際に世間を騒然とさせた者が居る。

『六六六位　ヒルデガルド・アインホルン』

　弱冠二十歳――デビューより約二年で、上位千人の探索者（シーカー）だけが名を連ねられるＤランキングに見事ランクインを果たした、ＥＵ圏の誇る才媛。

　数多の世界記録を持つレコードホルダーにして、難攻不落の未踏破ダンジョン青木ヶ原天獄に於ける最大難所、深淵迷宮エリア攻略の立役者。

　本来、戦闘要員だけでも最低三十人以上によるアタックが望ましい深層を僅か三人で突き進み、莫大な討伐ポイントと攻略貢献ポイントを手中に収め、現順位を獲得した女傑。

　多くを語るに及ばず偉業。

　素行と人格面に甚大な問題を抱えたトラブルメーカーなれど、間違い無く次代を担うであろう大器。

　ただし――今回は折悪く、話題を掻っ攫われてしまった。

『九九位　焼きそばパン（藤堂月彦）』

　ヒルデガルド・アインホルン共々、青木ヶ原天獄を攻略した三本柱（トリニティ）の一角。

　理由は不明だが、およそ月一の頻度で探索者（シーカー）ネームを脈絡無く変える奇行の持ち主。

　此方に至ってはデビューから十ヶ月そこそこでランク入り、しかも末尾とは言え二桁（ダブル）。

　最早、偉業を通り越した異常。ぶっちぎりの最短記録。

　さりとて彼の足跡を辿れば、この順位も頷けよう。

　昨夏、難度六ダンジョン軍艦島でのカタストロフ発生時、ダンジョンボス八尺様を討伐し、事態収束に大きく貢献。

　その後もソロ、或いはデュオで難度五や難度六ダンジョンを順調に攻略。

　更にはＳＲＣでの優勝をも成し遂げ、一挙、国内に名を知らしめた。

　そして最たる功、青木ヶ原天獄の攻略後にも、スカイツリー（難度七）と魔界都庁（難度八）を、たった二人で立て続けに制覇するという信じ難い成果を挙げている。

　極めて凶暴かつ好戦的な、死すら厭わぬ迷宮狂い。

　少数ながらも公開された動画で、その異質な戦闘能力と精神性を知った者は、揃って彼を『魔人』と呼ぶ。

　登録一年足らずの、普通なら十番台階層まで辿り着いているかも微妙なルーキーが二桁（ダブル）ランカーとなった前代未聞の珍事に対する抗議すら、一切起きていない。

　誰の目にも明白だからだ。

　この男もまた、遠からずトップランカーの仲間入りを果たすであろう器ということが。

　だがしかし――そんな暴獣も、今回ばかりは注目二番手の位置取りに甘んじていた。

　それほどまでに、彼女の台頭は鮮烈だった。

『七位　榊原リゼ』