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「……ん」


 各階層同士を繋ぐ階段の途中で、目を覚ます。


 どのダンジョン、どの階層帯であろうと、幅も長さも角度も段数も材質も全て同じ。カタストロフ発生時や誰かが意図的に追い込みでもしない限り、まずクリーチャーが立ち入ることの無い半安全地帯。


「ふあァ……」

「おはよ」


 瞼を開き、最初に視界へと収めたのは、俺を見下ろすリゼの静かな眼差し。

 硬い石段とは裏腹な、柔らかい感触で包まれた後頭部。


「……やっぱ最近、腰回りの肉付き良くなったよな」

「ふふん」


 得意げに口の端を上げるリゼ。

 身体を起こす。貧血による吐き気や倦怠感などは、すっかり治まっていた。


「どれくらい寝てた?」

「きっかり三十分」


 四十番台階層ともなると、流石に『双血』の出し惜しみは出来ない。

 取り分け、ここの連中は『呪血』が効き辛い上に数も多く、どうしても戦闘に時間を取られがちだ。否応無く血は擦り減る。


 尤も『錬血』のお陰で用量制限の厳しい増血薬を使わずとも、こうやって頻繁な回復が出来るため、ペース配分自体は軍艦島の時より楽だ。

 一律で三十分間、強烈な睡魔に襲われることと、無性に喉が乾くのが難点だが。


「ん」


 心得ているとばかりのタイミングで、よく冷えたペットボトルが手渡される。

 一気に飲み干した。沁みるぜ。


「ぷはっ……さて、そう言えば今日で何日目だ?」


 腕輪型端末の表面に浮かぶデジタル数字。

 アタック開始より、およそ七日半を示していた。


「意外に早く着いたもんだ」


 少人数に加え、スキルの性質上、継戦能力に難がある俺達は、どうしても補給や休息の回数が多くなる。

 にも拘らず、存外に攻略速度は早い。不思議だ。


「私達、基本的に来た道を引き返さないし。進みながら戦って、進みながら休んで。そりゃ結果的に急ぎ足にもなるわよ」

「ほぼ勘でルート選んでるんだがなァ」


 己の足で踏破していない階層では、基本的にマップを見ない。

 にも拘らず、何故か早々に階段を探り当ててしまう。

 そして階段を見付ければ下りたくなる。その繰り返しで、気付けばまで来ていた。


「お前の補給は?」

「済んでるわ。一昨日からは補充と節約に努めてたし」


 大鎌を軽く振り回し、三本指を立てるリゼ。


「フルで三発行けるわ」

「軍艦島の時と同じか」


 山場に合わせて、キッチリ調整して来やがる。

 ホント頼もしいね。


「んじゃ、参るとしますか」

「りょ」


 石段を踏み鳴らす、二人分の足音。

 向かう先は、この八幡反転都市のダンジョンボスが待ち受ける最深部――五十階層。





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